20/06/18 11:44:55.95 DLjBIbDp.net
>>605
追加
説一切有部は「諸行無常」という仏教の大前提を否定こそしなかったが、仏教思想史の中では実在論的要素を最も顕著に有した。
ヴァイシェーシカなどの「インド的実在論」学派は、この世界が不滅の構成要素から成立すると考えるが、説一切有部も幾つかの―例えば『俱舎論』では七五の―要素(dharma)によって世界が構成されていると考えた。
しががって、この学派では「否定されるべき俗なるもの」は専ら個体の煩悩等であった。
個体(我 atman)の活動は否定されるが、世界を構成する要素(法 dharma)は否定されない。
というこの学派の態度は伝統的には「我空法有」と表現されてきた。
URLリンク(www.totetu.org)
この説一切有部の法を基体ダルミンとみなすかどうかだろうな
俺にはみなすみなさない以前にみなせるかどうかの判別はできないがみなしても差支えはないとも思う