20/06/17 02:25:11 /p9ZEr5m.net
>>317
だったら最後まで有部の説として書くべきでした。
それをあなたは
>>227
>四相(生住異滅)という刹那生滅である無常を繰り返す極微が、さらに様々に組み合わさってあらゆるものを仮設しているというのが仏教の説なんでです。
などと、有部の説を仏教の説として解説している。
これでは読み手に誤解を与えますよ。
あなた自身が認めていたように釈迦仏教では四相や刹那滅や極微という概念はなかったわけですが、上記引用文が「仏教の説」という言葉を用いているからには、釈迦仏教は仏教ではないという誤解を与えてしまいます。
ましてや、「三相を否定しまた刹那滅を説かなかった龍樹を祖とする中観、及び四相を否定した経量部は、仏教の説に背いているので仏教ではない、有部の思想や四相や刹那滅を説く部派こそが仏教である」、とまで読み取れてしまいますよ。
一〇 世俗の表現に依存しないでは、究極の真理を説くことはできない。究極の真理に到達しないならば、ニルヴァーナを体得することはできない。
最初からあなたが ~というのが有部の説なんです と書いていれば少なくとも上記の誤解や誤読?は防げていました。
一〇 世俗の表現に依存しないでは、究極の真理を説くことはできない。究極の真理に到達しないならば、ニルヴァーナを体得することはできない。
(中論第24章)
世俗の表現たる言葉というのは正しく使わなければ究極の真理たる勝義どころか、人に正しくモノを伝えることができなくなるのです。
この場合はあなたが「~というのが仏教の説なんです」と書いたことが、人に正しくモノを伝える(説く)ことが出来なくなってしまっているということです、何度も繰り返しになりますが。
もっともあなたは私よりも遥かに弁は立ちますし、私も人に誤解を与える文は何度も書いています。
お互いに表現には気をつけて、誤解を与えないような表現をすることに努めていきましょう。