20/05/10 16:41:31 ki3ngA9Q.net
>>769
30年ほど前の「平川彰著作集 第一巻 『法と縁起』」によれば、
大衆部初伝と上座部初伝の経典に十二支縁起があるので、部派分裂以前
つまり釈滅後百年以前には十二支縁起説が成立していのであろうと推測されている。
その上で縁起支の少ない方が古層であるとしつつ
具体的に経典を挙げて五支や八支や九支や十支に検討を加えておられるが
パーリ相応部12・52の五支の渇愛縁起(愛→取→有→生→老死)を挙げて
苦の原因を渇愛に求めた縁起だと言われている。
次に相応部12-44の八支(六処→触→受→)が(愛→取→有→生→老死)に加わった
が紹介されている。
次に九支だが、これは多いそうだが、例えばパーリ長部第15経「大因経」が
紹介され(識→名色→触→受→愛→取→有→生→老死)が説かれているそうだ。
この「識」が曲者で、この「識」を来世に配当しているそうだ
漢訳長阿含の「大因経」は、(六処)を省略せずに十支になっているのは同じ。
但し古い十二支の経典(パーリ相応部12-2)は「識支」を未来世に配当せず
「六識身…眼耳鼻舌身意識」と解説しているという。
十支(識→名色→六処→触→受→愛→取→有→生→老死)
これが部派佛教になると、「大毘婆沙論」「倶舎論」などで有部が
「三世両重因果」と12支を過去・現在・未来世に配当して解釈するようになり
竜樹の「中論」の理解も八不縁起を説きつつ十二支については「三世両重因果」であり
唯識派になつて『成唯識論』で「二世一重因果」という過去世に配当されない解釈が
出されるそうだ。
こんな説明をしても大山君が理解できるとは思わんが