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>>680-681 の つづき
【聖霊を信ず/本論 ①】
私たちの信仰は、かつて地上を歩まれ、その十字架の死と死者の中からの復活によって贖いを成し遂げられたキリスト、および、歴史の終末に再び来られるキリストに関係しています。
これを 「キリストの過去と将来」 として考えると、当然のこととして、教会の礼拝と私たちの信仰の対象である 「現在のキリスト」 が明確にされなければならなくなって来ます。
なぜなら、「わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです」(Iヨハ 1:3) と言うとき、それは昔の物語りの中の単なる “思い出の神、思い出のキリスト” のことではないからです。
信条はその第二項、御子キリストの告白の中で、「父なる神の右に座し給えり」(文語使徒信条)、「父の右の座に着いておられます」(ニケア・コンスタンチノープル信条) と述べています。
これが、教会の礼拝と私たちの信仰の対象である 「現在のキリスト」 であります。