16/04/14 04:40:40.20 iQartpn5.net
だめだこりゃ。
375:神も仏も名無しさん
16/04/14 15:11:36.79 E8rzCJ7G.net
教皇、6月にアルメニア、9・10月にジョージアとアゼルバイジャンへ - バチカン放送局
URLリンク(ja.radiovaticana.va)
日本には来ませんなぁ。。。
376:神も仏も名無しさん
16/04/14 19:37:37.16 U2RONyUO.net
放蕩息子の帰郷の話ってクリスチャン以外の人にも知られてるくらい有名な話?
377:第三のアダム
16/04/15 02:21:09.67 1Z3Oc7Vh.net
私の<証し>は、やはり女性向けだ。
私の特技は<専業主夫>だから。
一般では、主婦はとっくに<無償の愛>を実行しているだろう。
共働きなら、なお更。
冷めた家庭なら、
男は”客”のようなものか・・・。
男は純粋な方がいい。
「馬鹿」と言われても。
良きも悪しきも。
そうじゃなきゃ、女性はいずれやってられなくなるんじゃないのかな??
・・・よく解からないが、なんとなくそう想う。
<専業主夫>だから。
でも私は純真じゃない。
ただの純粋な単細胞だ。
<上>の素人だけどね。
「プロ」殺し路線は休止したい。
出来れば、
こちら側の<陣営>に加わってもらいたい。
<主>は<愛>だから。
・・・私も拾われた。
<我が主>には、
全てを覆す<力>がある。
拾われた私がその<見本>だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実家のある国では、
客を<友>にするのは容易だ。
・・・<兄弟姉妹>が多いから。
何事も<霊的>な問題だ。
<基礎>の問題だから。
私は多くを学んだ。
<使徒>として。
<解放>は収入だ。
それは、
<教会>再建の為に。
378:神も仏も名無しさん
16/04/15 07:26:30.14 /x2YMJfd.net
>>358
要するに「祈るなんて意味のない行為だ」と言いたいのね。
本気で祈ったことがない人の言葉。
379:神も仏も名無しさん
16/04/15 07:52:42.29 dmS0tyF6.net
戦闘中に祈っているイタリア軍兵士に砂漠の狐ロンメル元帥が言った。
「指揮官!射撃をさせなさい!」
380:老クリスチャン
16/04/15 10:25:51.51 IqQYkUSp.net
2001年(主日C年) 5月6日 復活節第4主日
使 13:14,43~52 黙 7:9~17 ヨハ 10:27~30
私たちはミサにおける福音書の朗読を特別に大切にして、いつも起立してこれを拝聴し、朗読が終わると "キリストに賛美" と交唱します。
福音書を通して私たちに語りかけてくださるキリストは、復活して今は天におられる "現在のキリスト" であることを、特に強調したいと思います。
私たちは聖書という書物の中に保存されている2千年前のイエスの言葉から、現代に役立つ何かを聞き取ろうとしているのではありません。
私たちの主イエス・キリストは生きておられます。
この方は将来 「生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト」(IIテモ 4:1) です。
この "現在のキリスト" が、ミサにおける福音書の朗読を通して私たちに語りかけてくださいます。
「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。 わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。 わたしは彼らに永遠の命を与える。 彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。」(ヨハ vv.27-28)
私たちがその声を聞き分けるキリストは、十字架の血によって私たちの罪を洗い清め、永遠の命を与えてくださった復活のキリストなのです。
私たちは終末の日には、このキリストと共に神の国を相続することになるのです(ロマ 8:17)。
ヨハネが見た天上の礼拝の幻には、主イエス・キリストの贖いによって救われた全世界からの 「数えきれないほどの大群衆」(黙 v.9) が、大声で賛美の歌を歌っていました。
洗礼の秘跡に際して受洗者に着せられる白衣は、神の小羊であるキリストの血によって罪を洗い清められた天上の礼拝者たち(黙 v.14) に習うためです。
やがて訪れる終末の日に私たちに神の国を受け継がせてくださり、私たちを天上の礼拝に導いてくださるのは、復活して今は父なる神と共におられる "現在のキリスト" です。
このキリストが、司祭を代理者として、司祭の姿で、今朝も私たちのミサを司ってくださっています。
実に 「ミサの祭儀は、キリストの行為」(ミサ典礼書の総則 1) なのです。
・・・・・ 以下、本文参照。
URLリンク(www.kuwaei2000.com) ●Archives● より
381:老クリスチャン
16/04/15 10:34:18.38 IqQYkUSp.net
2004年(主日C年) 5月2日 復活節第4主日
使 13:43~52 黙 7:9~17 ヨハ 10:27~30
終末と神の国についての使信を、聖伝と聖書のあまり重要ではない付録のように考える人々が、現代の教会で多数を占めているように見えます。
これは既に過去2世紀半ほどに及ぶ歴史的背景を持つ思想であって、その実態は教会の使徒的伝承を時代遅れの遺物として軽んじるものでありました。
現代カトリック教会の主日のミサで、典礼刷新によって 「典礼文と儀式が示す聖なる事柄が明白に表現され」(典礼憲章 21) るようになり、朗読配分に従って聖書が朗読されることにより
「神のことばの食卓がより豊かに信者に供えられる」(典礼憲章 51) ようになっていることを、21世紀のキリスト者は深く感謝し、重く受け止めなければなりません。
ヨハネ黙示録は、教会の目標であり完成である神の国を証ししています。
見者ヨハネが天の門を通って見たものは、創世記の中で (創 15:5) 神がアブラハムに約束された救済史の完成の場面でありました。
「この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身につけ ・・・・・ 」(黙 v.9)
彼らはだれで、どこから来たのか。 その答えはただ一つであります。
「彼らは大きな苦難を通って来た者で、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである。」(黙 v.14)
キリストの声を聞き分け、永遠の命を与えられた人々だけが、この救いの完成の日を迎えるのです。
この神の国を相続する民が歴史の教会であり、この神の国の希望が、教会の存在の根拠なのです。
「この預言の言葉を朗読する人と、これを聞いて、中に記されたことを守る人たちとは幸いである。 時が迫っているからである。」(黙 1:3)
・・・・・ 以下、本文参照。
URLリンク(www.kuwaei2000.com) ●Archives● より
382:神も仏も名無しさん
16/04/15 16:31:04.92 BP4bi5DJ.net
URLリンク(catholictama.org)
多摩教会 今年の受洗者37人とはすごい
浅草教会もどんと信徒数増えるのだろうな
383:神も仏も名無しさん
16/04/15 16:38:32.53 goy+JNVh.net
ハレレは大したもんだよ
384:神も仏も名無しさん
16/04/15 17:45:41.72 SFMzbSUQ.net
>>376
レンブラントの絵は有名ではないでしょうか?
385:神も仏も名無しさん
16/04/15 20:52:19.65 Ke1taLWd.net
晴佐久神父は上野教会でもおやつの会をやるのかな?多摩はちょっと遠いので興味はあっても行くのが難しかったが、
上野ならいきやすいのでもし毎週木曜日にやるのなら一度上野教会に行ってみようかと思っている。
386:神も仏も名無しさん
16/04/15 21:17:40.18 UsBWk+y3.net
>>353幼児性的虐待をしたり
同性愛のスキャンダルを起こしまくっている聖職者なんてたくさん教会内に
いるのに何を言っているんだい!
387:神も仏も名無しさん
16/04/16 00:21:36.35 FFQPJL+b.net
ポプラ新書『キリスト教のリアル』出版記念感謝礼拝&トークイベント
ustreamで30日間公開
URLリンク(www.ustream.tv)
晴佐久神父も登壇 後半面白かった
388:神も仏も名無しさん
16/04/16 01:58:09.01 B58vYP5M.net
カリスマは違うねー!!!
389:神も仏も名無しさん
16/04/16 02:18:51.02 2eB/X0bo.net
人殺し戦国大名の高山右近を列福したから神様が怒って地震を起こした。
390:第三のアダム
16/04/16 03:19:25.63 JNwHXGjI.net
日曜日は<キリスト教会>で祈りましょう。
楽しく行きましょう。
お近くの、正統な<キリスト教会>へどうぞ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の<証し>は終わらない。
「世」にいる間は。
その後も。
・・・<永遠>の家族だから。
<養子>はいい。
創り変えられるし、教育されるし。
しかも、
<自然>でいられる。
<霊>と「肉体」のバランスかな??
・・・分らない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は<教育者>じゃない。
<教育>された者。
<見本>だ。
誰にでも<養子>のチャンスはある。
<キリスト教会>で。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の場合、
<キリスト者>になると、
<中性的>感覚になる。
<初期>では子供に。
<大人の大人の子供>に。
成長すると・・・。
今は<青年期>。
やっと<大人の大人>の入り口に入った。
まだまだ<成人>したてだ。
二個玉の<証し人>として死んで復活しての。
それが<養子>としての私の歴史だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
<主の声>を聞いた私の<現実>は、
<兄弟姉妹>達の<確信>ととらえていい。
それでいい。
<上>には<記録>されているから。
後の世では、
<ベスト>に更新されるから。
<新しい体>で。
何事も<霊的>な問題だから。
私からの<助言>だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
<神のことば>は働いている。
今の世に。
<兄弟姉妹>達は安心して。
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
何事も、
主と共に。
世界の兄弟姉妹と共に。
主の導きだけが頼りです。
アーメン
アーメン
391:神も仏も名無しさん
16/04/16 11:30:30.18 nFiyY/SX.net
浅草教会HPないからなあ 作ってほしいけど、浅草教会高齢化すごいからな。。。
上野教会は若い中国人だらけだけど
西川神父は浅草教会に住まわれてたけど、晴佐久神父はどうするんだろ
392:神も仏も名無しさん
16/04/16 12:14:58.33 W29HzYQo.net
澤神はどうしてる?
393:老クリスチャン
16/04/16 13:14:40.34 GO1UxxUO.net
2007年(主日C年) 4月29日 復活節第4主日
ヨハ 10:27~30
「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。」 「わたしは彼らに永遠の命を与える。」(vv.27,28)
キリストの羊は、キリストの福音を知っています。
もしキリストの福音を信じないなら、その人はキリストの羊ではありません。
その福音を、 「典礼暦年と典礼暦に関する一般原則 18」 は次のように述べています。
「キリストは人間に贖いをもたらし、神に完全な栄光を帰するわざを、とりわけその過越の神秘によって成就され、御自分の死をもってわたしたちの死を打ち砕き、復活をもってわたしたちに (永遠の) 命をお与えになった。」
永遠の命とは、来るべき神の国の命のことであって、 「彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない」(v.28)、 「だれも父の手から奪うことはできない」(v.29)と、イエスは言われました。
「復活の主日から聖霊降臨の主日に至るまでの50日間は、一つの祝日として、また、より適切には "大いなる主日" として歓喜に満ちて祝われ、
"アレルヤ" が特に歌われる」(同22) のは、教会が、私たちに永遠の命を与えてくださったキリストの福音を 「聞き分ける」(v.27) 羊の群だからです。
「さて、あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。 そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。 上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。
あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。 あなたがたの命であるキリストが現れるとき、あなたがたも、キリストと共に栄光に包まれて現れるでしょう。」(コロ3:1-4)
・・・・・ 以下、本文参照。
URLリンク(www.kuwaei2000.com) ●Archives● より
394:老クリスチャン
16/04/16 13:17:01.61 GO1UxxUO.net
2013年(主日C年) 4月21日 復活節第4主日
使 13:14~52 黙 7:9~17 ヨハ 10:27~30
「わたしは彼らに永遠の命を与える。」(ヨハ v.28)
聖書の物語りは、福音書で、あるいは使徒言行録で終わっているのではありません。
キリストの生涯の物語りの後に、人間の偉大な宗教の物語りが始まったのではありません。
救済史は終わったのでも中断したのでもなくて、神は歴史を栄光の終わりまで導かれるのであり、永遠の命は信じる者を神の国へと復活させる新しい命なのです。
「彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。」(ヨハ v.28)
聖書は、使徒たちの宣教した福音を今日に伝える書物ですが、その宣教は非常に大胆に当時の神話的表現や黙示文学的表現を用いて語られました。
恐らくそれが神の "秘められた計画"(ロマ 16:25、エフェ 1:9) を説明するために、唯一の最も適切な表現であったからです。
「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。」(ヨハ v.27)
キリストの福音を説明して人に理解させるのは聖霊の御業でありますから(ヨハ 14:26 参照)、浅はかな人間の知恵で現代風に合理化したり精神化したりしてしまってはなりません。
永遠の命が、その救済史的展望から切り離されて、ただの心の中の精神的な事柄として解釈されたり、あるいは社会的な革命思想の動機付けに利用されたりするのを、私たちはあまりにも多く見て来たのではないでしょうか。
しかし、復活して今は神の右の座に着いておられるキリストが、聖書を通して今朝私たちに語っておられるのです。
「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。」(ヨハ 10:10) 「わたしはその人を終わりの日に復活させる。」(ヨハ 6:54)
・・・・・ 以下、本文参照。
URLリンク(www.kuwaei2000.com) ●Archives● より