15/12/01 08:25:30.36 Cu91vAld.net
生命、生命とオームのように鳴くおあんさんが降臨してるけど、その生命が問題なんだよね。
その生命が厭わしくて、自殺するおあんさんも仰山この娑婆にはいるんだよね。
自殺しないまでも、四苦八苦している人も多くない?生命を謳歌して、これこそ神様だ、と
チミのように言う人は少ないんじゃない?
生命はないと喝破されたゴータマ尊者は、幸せないお方様と認められた聖者なんだが、
生命を否定した人が、幸せな人であるに対して、チミは正命こそ人を幸せにする神様だ、と言っているのだが、
真っ逆さまな見識だよね。
これってどういうことよ?
チミの生命とは、五感と第六の意なんだと思う。これをゴータマ尊者は、一切と教えられました。
それは生きてる人に所属してるからね。死んではその人は五感と意は発揮しない。
死んだ人についてはゴータマ尊者は、死んだ人はもう接触できないものとして、諦めなさい、と教えられました。
イエスキリストは、死人は死人に世話をさせなさい、と言われました。
死者を悲しんで、心を苦しめてはならないんですね。
ゴータマ尊者は自らの死については、生じたものはすべて滅する決まりのものだ、だから、自分もこの世界に誕生した以上、
滅するのであると言われました。しかしゴータマ尊者は、諸行無常、是消滅法、生滅滅己、寂静為楽、と言われました。
生滅のない世界があるのだ、そここそ安楽の世界ですよ、と教えられたのですよ。
生命のある世界、生命のない世界、これは縁起して存在してるもの。
縁起して存在してるものは、虚妄なもの、実体のないもの、だから生命に起因する一切の苦しみは、
妄想にすぎづ、真実は安楽の世界しかないのでつよ、と教えられてのでつ。
チミは単に、ゴータマ尊者の教えを拒否してるにすぎないのでつ。肉体はないのに、ないものを妄想して作り上げ、
それを大事にしようと、骨折っているのでつ。それこそ苦しみでつ。チミの生命は苦しみに他ならないのではないでつか?
大事たところでつからよーく考えましょう。