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2002年(主日A年) 2月17日 四旬節第1主日
創 2:7-9, 3:1-7 ロマ 5:12~19 マタ 4:1~11
主イエスはヨハネから洗礼を受けると、直ちに霊に導かれて荒れ野に行き、悪魔から誘惑をお受けになりました。
そしてマタイ福音書は v.11 で、主イエスが悪魔に勝利されたことを語っているように思われます。
主イエスは最初の悪魔の誘惑では、御自分の神の子としての能力に対する誤った理解を拒絶されます。
初代教会の最も原始的な信仰告白定式と考えられるものの一つが、「イエスは神の子である」(Iヨハ 4:15) であったことを考えると、
悪魔が 「(あなたが) 神の子なら、 ・・・・・ 」 と言って試みたものは、初代教会の信仰そのものへの誤った理解という誘惑でもあったことが理解出来ます。
主イエスの受けた誘惑は、主の弟子たちや初代教会の人々がその後も繰り返し受けねばならない誘惑でありました。
そして主イエスが旧約聖書からの引用によって悪魔に勝利されたことが、あらゆる艱難の中での教会の信仰の支えとなったのでした。
第二のアダムである教会の救い主は、“勝利者キリスト” だからです(黙 5:5)。
第二の悪魔の誘惑は、イエスが神の子であるという “しるし” を見せろとの要求です。
そして第三の誘惑は、神の救いの計画をメシアの地上的な栄光に置き替えさせようとするものでした。
勝利者キリストの福音は、主御自身のこの荒れ野での悪魔への勝利によって、初代教会の中で守られ受け継がれて行ったことを、私たちはこのマタイ福音書のテキストから実感するのです。
実に今朝のマタイ福音書のテキストは、昔も今も教会の人々に、聖書を読んでそれをどのように受け止め理解すべきかを、非常に力強く教えてくれるのです。
「イエスは神の子である」 と信ずるということは、聖書をこのように読み理解し受け止めることなのだと、このテキストを通して語っておられるのは、勝利者キリスト御自身なのですから。
・・・・・ 以下、本文参照。
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