17/01/20 16:04:59.03 MMrGpCP2.net
>>259
> 【聖書と説教 -6-】
> 牧師でも司祭でも、実際に教会を担任するようになると、べらぼうな程に忙しい日々の連続で、まともに書斎で勉強する暇などないような生活が始まります。
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> それで神学校在学中に、何人かの教授や先輩から、初めの頃は 「連続講解説教」 をするのがよいと助言されました。
> つまり一年二年するうちに、少なくとも注解書を一冊勉強することが出来るから、というのです。
> また別の教授からは、せめて一年に一冊は神学書を、頑張って学ぶように努力しなさいと励まされました。
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> つまりそれは本人の努力次第の、実に厳しい世界であって、実際には大部分の牧師や司祭は、神学を学ぶことからは離れてしまうのが現実の姿なのです。
> そのようにして、本格的な神学の成果を神学書によって学んで自分の説教に取り入れるなどという能力を持つに至らずに、たいていはその生涯を閉じて行きます。