17/01/20 14:26:01.53 MMrGpCP2.net
>>241
> 【聖書を読む目的 -1-】
> 旧・新約聖書は、神の救済の歴史をその民の信仰の告白、あるいは宣教という形で語っている文書であります。
> 旧約のイスラエルにとっても新約の教会にとっても、その民の礼拝(あるいは祭)の中心主題はいつも、この救済史の叙述(つまり説教や信仰宣言、あるいは別の表現では記念)でありました。
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> ですから聖書が、自然科学の教科書ではないという当たり前のことが、先ず明確にされなければなりません。
> ヘロデ王が学者たちをベツレヘムへと送り出すと、東方で見た星が彼らに先立って進み、幼子イエスのいる場所の上に止まったと、マタ2:8f に書かれています。
> これをあくまで実際に起こった奇跡的現象だと信じても、あるいはそんなことは実際には起こり得ないと主張してみても、どちらに転んでも、聖書から 「神のことば」 を正しく聞き取ることには何の関係もないのです。
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> 教会共同体がキリストの名によって集まるところ(マタ18:20)、すなわち礼拝というものの、その中心主題は神の救いの御業です。
> この 「救済史における神の御業への信仰告白的宣教」 を聞き取ることこそが、聖書を読む第一の目的であることを理解しましょう。