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☆聖書を読みなさい! - 暇つぶし2ch481:老クリスチャン
17/01/14 11:07:34.91 LO2D3TGU.net
2014年(主日A年) 1月19日 年間第2主日

イザ 49:3~6  Iコリ 1:1~3  ヨハ 1:29~34
「すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。」(Iコリ v.2)

現代のキリスト者である私たちは、自分の属する小教区の共同体が “聖なる者とされた人々” と呼ばれることには、躊躇を感じるのが普通です。
また他の教会や共同体に向かって “聖なる者とされた人々へ” と呼びかけることにも、あまり馴染みがないと思います。
現代の個々の地方教会の信者の実態は、そのような自覚や確信からはあまりにもかけ離れているからです。

“あなたがたは御子の血によって贖われ、罪を赦されました。”(エフェ 1:7)
“あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。” (コロ 3:3)
“あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です。”(ガラ 3:29)
このような前提が、現代のキリスト者にとっては最早当然のことではなくなってしまった、という実態を認めざるを得ないということは、ほんとうに悲しむべきことなのです。

カトリック教会に委ねられた信仰の遺産は、聖伝と聖書という二つの器によって保たれ伝えられて来ました。
それは “難しすぎるものでもなく、遠く及ばぬものでもない”(申 30:11) ので、信者一人一人は自らこれを学んで、その司牧者たちと共に心を一つにすることが出来るのです(神の啓示に関する教義憲章 7,10 参照)。
「あなたがたが “霊” を受けたのは、律法を行ったからですか。 それとも福音を聞いて信じたからですか。」(ガラ 3:2)
あなたがたが自ら読み、ミサでその朗読を聞く聖書は、「洗礼者ヨハネは、○○と言いました ・・・・・ 」、「使徒パウロは、△△と言いました ・・・・・ 」 というようなただの昔話ではなくて、
福音のために命を献げた使徒と殉教者の宣教を伝える “神のことば” の器なのです。

・・・・・ 以下、本文参照。
URLリンク(www.kuwaei2000.com) ●Archives● より


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