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2008年(主日A年) 1月20日 年間第2主日
イザ 49:3,5-6 Iコリ 1:1~3 ヨハ 1:29~34
使徒パウロはコリント (地方) にある複数の民の集いを 「神の教会 (単数形)」(Iコリ v.2) と呼びました。
なぜならそれは 「至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々」 であり、「イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主である」 と説明しています。
具体的な個々の集いが、単なる個人個人の集まりではなくて、神の “一なる教会” の現れであるということを私たちが実感するのは、ミサにおいてであります。
そのミサで、信者たちは共に “世の罪を取り除く神の小羊” を見上げるのです。
ここで誤解してはならないことは、地方の個々の教会は普遍教会の出先機関や出張所ではないということです。
カトリック教会の中央集権主義という考え方は、誤解に基づく解釈であることを説明して、ラッツィンガー枢機卿は2001年の論文の中で “ローマ教会も一つの地方教会である” と述べています。
ここでも教会を考えることは、ミサを考えることなのです。
具体的な個々の集いのミサを考えることから切り離して教会を理解しようとするなら、それは実りのないことです。
どこでも会衆が “共にミサをささげている” ところが、その多様性にもかかわらず、同じ “一なる教会” であることを信じて感謝しましょう。
・・・・・ 以下、本文参照。
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