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2008年(主日A年) 1月1日 神の母聖マリア
民 6:22~27 ガラ 4:4~7 ルカ 2:16~21
「しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。 それは、律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。」(ガラ vv.4-5)
なぜ神は、御子の母として聖母マリアをお用いになったのでしょうか。
神は、「罪を取り除くために御子を罪深い肉と同じ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです。」(ロマ 8:3)
この 「罪深い肉の姿」 をしている者として、ヨセフとマリアを理解しない人は、キリストの福音を正しく理解出来ません。
「ユダヤ人もギリシア人も皆、罪の下にあるのです。」(ロマ 3:9)
「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています。」(ロマ 3:23)
「イエス・キリストは、罪人を救うために世に来られた」(Iテモ 1:15) のです。
ですから 「神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしに」 なりました。
ですから、私たちは神の御業を賛美し、感謝しましょう。
賛美は神にふさわしく、感謝も神にふさわしいからです。
神は夫ヨセフと母マリアを用いて、私たちのために救いの道を開いて下さいました。
私たちは神がこの二人を御子の誕生のために用いて下さったので、聖ヨセフ、聖マリアと呼んで神に感謝します。
栄光はただ神にのみありますように。
アロンの子孫は、イスラエルの人々に祝福の言葉を宣言する務めを与えられた祭司でした。
それは栄光ある務めでありました。
なんと素晴らしい務めでしょうか。
しかし、彼らはこの務めを委ねられた器であって、祝福は神から来るのです。
「彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福するであろう。」(民 v.27)
賛美は神にふさわしく、感謝も神にふさわしい。
栄光がただ神にのみありますように。
・・・・・ 以下、本文参照。
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