14/04/10 01:13:41.66 QA8B6Q2m.net
神様のほうから人間を裏切ったことは、一度もありませんよ。
「自由意志」も、神様が人間を愛するがゆえに与えたモノですが、それを用いて神様を裏切ったのは、実は人間側なのです。
また、仮に神様が「修正」を行ったとしたら‥‥、>>843さんの霊魂のみならず、私たちの存在はこの世から消えてしまうでしょう。
神様の行う「修正」とは、鉛筆で書いたものを消しゴムで消すレベルではなく、「霊魂の存在、そのものが消えてしまう」レベルでの
修正を示します。
あと、上記の聖書の言葉(新共同約聖書 創世記 3章7節)について、少々解説しますね。
「二人の目は開け」というのは、「善いことと悪いこととを知るようになった」という意味で、二人の目がもともと見えなかった、
ということを指しているわけではありません。
聖書が「霊的な書物」と言われるのは、この部分のように、「この世の常識が当てはまらない読み方」をする箇所が
多々あるためなのです。
「自分たちが裸であることを知り、(中略)腰を覆うものとした。」というのは、「ここで、二人に原罪が生じた」ということがわかる一文です。
二人に原罪がなかった時、二人はお互いに裸ではありましたが、「裸でいることは恥ずかしいことだ」ということを知りませんでした。
現世では、服を着ないで裸のままでいる人は、「おまわりさん!このイモです!!」と警察を呼ばれ、逮捕されてしまうのが常識ですが、
アダムとイヴのいた時代では、神様の御前では裸のままでいること、それがごく普通のことでした。
つまり、二人に芽生えた「羞恥心(恥ずかしさ)」も、もともとは「原罪」がなければ生じることはなかったのです。
(終)