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山梨県道志村のキャンプ場で2019年9月、千葉県成田市の小学生小倉美咲さん(9)が行方不明になり、今月21日で2年を迎える。山梨県警の捜査とともに、家族もポスターやインターネットで懸命の情報収集を続けている。母親のとも子さん(38)に聞いた。
―もうすぐ2年です。
「最初は、すぐに見つかると思っていました。まさか、こんなに会えなくなるとは。2年がたつ前に見つけてあげたい。(情報を求める活動を)がむしゃらにやってきました。どんなに暑くても寒くてもチラシ配布に立ち、食事や睡眠も満足にとる余裕が無かった」
「1年が過ぎ、自宅でのトリマーの仕事を少しずつ再開しました。考えたくはないが、長くかかることも視野に入れないといけません。私たちがぼろぼろになっては、美咲が戻ってきても『自分のせいで』と悲しむと思う。家族の支えが必要な時に、それもできなくなる。いつ帰ってきても良いように生活を整え、笑顔で迎えてあげたい。気持ちを切り替えました」
「仕事をしていると、当たり前の生活がとてもありがたい、幸せなんだと改めて感じます。もちろん落ち込まないわけではありません。でもスタッフやお客さんと話をし、ワンちゃん、ネコちゃんと触れ合うことで救われています」
―ご家族も大変です。
「三つ上の長女(12)=小学6年生=は、美咲が自分を追いかけて行方不明になったので、一時『私がいなくなれば良かった』と自分を責めて荒れました。精神的に不安定で、学校に通えなくなりました。最初は見守っていましたが、わがままも出てきました。長女には、今しかできない学校生活を送ってほしい。このままでは長女の人生がおかしくなると、5年生になる前、意を決して話しました。『美咲は帰って来たくても、学校に行きたくても、行けないんだよ。友達だって、学校で嫌なこともがまんしてるんだよ』と」
―どうなりましたか。
「すると涙をこぼし、2人で抱き合って1時間ほど一緒に泣きました。長女は次の日から進んで通学し始めました。コロナで昨春、全国の学校が休校になると長女は『コロナのばか。学校に行きたいのに』と言うようになり、『ああ、立ち直った』と思いました」
「長女は最初『山梨』とか美咲の名前を聞くだけで泣き出すので、私たちは口にするのを避けていました。それがチラシ配布について来てくれるようになり、今では『(美咲が戻ったら)いろんな所に連れて行きたい。これまでを取り返したい』と言います」
―ネット上で誹謗(ひぼう)中傷がありました。
「捜すためホームページやツイッターなどSNSも使っていますが、一番ひどかったのは不明になって半年間ぐらい。『犯人は母親』『どこかで死んでいる』などのほか、美咲への汚い言葉もありました。書いている人は軽い気持ちだろうけど、精神的に追い詰められます。私自身が『あの時、ついていれば』と自分を責め続けています。だから他人に『子供をひとりにして自業自得』と書かれるととても苦しい」
「夫(39)らは『つらければネットをやめれば』と言ってくれましたが、多いときには週に70万ものアクセスがあります。呼びかけの手段としてやめません」
―中傷を見過ごせなくなりました。
「自分への悪口なら我慢できるけど、美咲が内容を知ったら、とても傷つくと思います。自宅前に来て長女に話しかけたとの書き込みもありました。『子どもたちを守るためにも立ち上がらないと』と、昨夏に弁護士を頼みました。今春、書き込んだ人を特定するため裁判を起こしたことを公表したら、中傷がかなり減りました」
「最初は、自分で証拠を集めていました。スマホを開くと私たちへのひどい言葉だらけ。とてもつらかったです。その後、ネットで証拠集めに協力してくださる方々がでてきました。美咲の情報は北海道から沖縄まで全国から寄せられ、ネットを通じてが7割を占めます。警察に連絡し、行ける範囲は自分でも確かめに行きます。励ましもたくさんいただき、多くの方々が、ポスターの作製、掲示など協力してくれる。神様は私たちを見てくれていると感じます」
9/19(日) 17:11
URLリンク(news.yahoo.co.jp)