【朝日新聞】敢闘の島ペリリューで戦死してから70年後に見つかった、父の日章旗は血に染まっていた [みの★]at NEWSPLUS
【朝日新聞】敢闘の島ペリリューで戦死してから70年後に見つかった、父の日章旗は血に染まっていた [みの★] - 暇つぶし2ch1:みの ★
21/04/08 08:40:17.46 LLvWalLC9.net
青木正雄さん(79)
 僕が2歳だった1944年、父は南太平洋のペリリュー島で戦死した。父は3度目の召集だった。僕には姉や弟もいる。戦後の生活は厳しく、母と祖母は、「お父さんが生きていたら」と何度も嘆いた。
 20年前、妻と娘に現地訪問を誘われたが、行かなかった。今さら、と思った。父の記憶といえば、一度、ひざにのせられ、食事したような気がするだけなんです。
 NHKが2014年8月、ペリリューの戦いの番組を放送した。サイパンや硫黄島に比べ、知られていないが、本土攻撃を遅らせるため、日本軍は洞窟に立てこもり、4倍の敵と74日間、戦い続けた。父はここで死んだのか。初めて意識した。
…続きはソースで(会員記事、動画あり)。
URLリンク(digital.asahi.com)
2021年4月4日 21時00分


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