21/02/03 01:24:32.20 vSy/Mafn0.net
>>638
幸福論は知らん
神様のために生きるとかは哲学的にはキルケゴールの「死に至る病」に近いな
生き物の習性としては光に向かおうとする走性を持つものが多い
植物にしても光に向かって枝が成長して葉を繁らすものだ
微生物もそうだし昆虫でもそうだ
飛んでひにいる夏の虫とか言うが光に向かう虫が「私の生きている意味は光を求めることです」とか思わないし思考する知性もない
そういうふうに思うんならそれはメルヘンとかファンタジーだ
特に意味を求めているんじゃなくてそうできている
人にとってのそういうものが信仰であったりまたは「認知的確信」であったりするのかもしれないが
大脳新皮質の肥大から認知機能の獲得に至り意味を求める習性が発生して意味を求めるものだとしてそれを俯瞰して大枠で捉えるなら意味を見出そうとすることに意味はない