21/01/20 12:10:37.67 kYMDQyKW0.net
>東京出身で1949年生まれの尾身氏。東京教育大附属駒場高校
>(現筑波大附属駒場高校)から慶応大法学部に進むも、在学中に医学の道を志し、
分析してみた。この時代の慶応法は数学必須だがそれは経済学部なども同じで
それなのに偏差値(まだないので数年後に初登場の偏差値を代用)57程度。
・現在の筑駒相当の超進学校で、日比谷がぶいぶい言わせてた言え入学は秀才でないと無理。
・なんで当時は私大でも早稲田法・中央法にだいぶ難度差のある慶応法に?
★ここで一点読み!
・英語が嫌いで授業中も寝てたんだきっと。数学国語は鬼レベルだが英語だけ猫。
・ゆえに英国社の早稲田法、英国+社または数学三教科の中央法が危険なんでやめたか落ちた。
・慶応法は当時は一次試験が、英+数学+社会という変則入試
それに受かったら二次は面接+作文(実質上の国語)
ゆえに数学嫌いの受験生から嫌われ逃げられてたので早稲田法や中央法よりも難度が
だいぶ低めに出てた。
だがそのタイプの入試でも難度があの程度なら、数学は満点狙える。しかも
競争相手は数学めちゃくちゃ得意な層でもない。
そして慶応法へ。
だが在学中に気が変わって、英語もそれなりに勉強して再受験へと