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ましてこの当時、平城京に限らず城都の建設には渡来系氏族が大きくかかわっていた。
このことこそ、ナラと나라(ナラ)とが深い関係にあることの証拠ともいえよう。
渡来氏族は城都(宮都)の建設に貢献しただけではない。5世紀末の推古(すいこ)朝・飛鳥豊浦(とゆら)宮(甘橿の丘の北側と推定される)以降、
794年の桓武天皇による平安京遷都に至るまで、城都が置かれた場所は、ほとんど渡来氏族および蘇我氏のように渡来氏族と推定される一族の本拠地であった。
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