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中国書物に「倭」という文字が登場する最古のものは『山海経』である。
『山海経』は周王朝時代後半の戦国時代に書き始められ、秦・漢代にかけて段階的に加筆されて成立した中国最古の地理書とされる。
『山海経』に見える一文について言及する。
「蓋国は鉅燕の南、倭の北にあり。 倭は燕に属す。」
燕は戦国の七雄といわれた大国の一つで、その版図も東は漁陽から、遼西・遼東、西は上谷、代郡、雁門、南は、容城、范陽、北は新城、故安、良郷、新昌から渤海におよび、楽浪・玄菟郡の領域まで燕に属していたとされている。
ここに登場する倭は、まだまだ日本列島のことを把握していなかった時代のことであり、燕の版図にある勃海沿岸から遼東半島・朝鮮半島沿岸の、(中原人のいう広義の)倭人の居住身領域を指すと判断しなければならない。つまり、日本列島の倭とはまったく無関係の記録である。
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