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嫌煙者は「痛み分け」を受け入れない。
嫌煙者の理屈は、「嫌ならタバコを吸わなきゃ良いだけ、迷惑は一切被(こうむ)りたくない」。
まさに、「個人主義」や「自己責任論」である。
「痛み分け」を拒み、「嫌なら“何々”しなければ良いだけ。」という考え方で、果たして人間社会は円滑に回るのか。
「ベビーカーが邪魔。」、「子供の声がうるさい。」、「上の階の子供の足音がうるさい。」、
「子供が店内を走り回って迷惑だ。」、「公園で子供にボール遊びをさせるな。」、などなど、
こういった、子育てを巡(めぐ)る様々な問題にしても、
「痛み分け」を受け入れず、「嫌なら子供を作らなければ良いだけ、迷惑は一切被りたくない。」で済ませて良いのだろうか?
「私はタバコを吸わないから関係ない。」、
「私には子供がいないから関係ない。」、
生き方が多様化する中で、他者の生き方を尊重せず、自分の生き方だけを優先する。
「お互い様」という言葉は、今や“死語”になりつつある。
今後、「個人主義」や「自己責任論」的な考え方は、ますます拡大していくであろう。
将来、「痛み分け」や「お互い様」の精神が世の中から完全に消え去ってしまった時、
果たして、人間社会は、まともに機能しているのだろうか?