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- 暇つぶし2ch1:首都圏の虎 ★
20/05/23 01:16:02 oKGaxadf9.net
本日5月22日は旧暦で鎌倉幕府が滅亡した日。そこで、同書の一部を抜粋編集し、なぜ、鎌倉幕府は滅亡したのかを紹介する。

北条氏得宗の専制政治
山川出版社の高校教科書『詳説日本史』で鎌倉幕府が倒れた原因としてあげられているのは、次の三点です。

1)蒙古襲来で、御家人たちは多大な犠牲を払って奮闘したにもかかわらず、十分な恩賞を与えられず、幕府への信頼を失った。
2)御家人たちは、分割相続の繰り返しで所領が細分化し、貨幣経済の発展に巻き込まれて、窮乏していった。
3)畿内やその周辺で、「悪党」と呼ばれる新興武士が、荘園領主に抵抗するようになった。このような動揺を鎮めるため、北条氏得宗家の専制政治が強化されたが、それがますます御家人の不満をつのらせ

この中でもっとも重視されているのが、「得宗専制」と呼ばれる当時の政治状況でしょう。最後の執権となる北条高時の時代、得宗の家人の第一人者である「内管領」長崎高資が権勢を振るいます。これが御家人の反発を生み、倒幕運動が起こったということになります。

鎌倉幕府が倒れた背景には、ここであげたような歴史状況があったことは確かです。しかし、実際に倒幕の核となる存在が現れないと、なかなか倒幕などできることではありません。そこで登場したのが、後醍醐天皇です。

後醍醐天皇の権力掌握の野望
当時、天皇家では、後嵯峨天皇の子の代に、またしても皇位継承の争いが起こっていました。詳しい説明は省きますが



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