20/05/23 02:31:08 kFj7WJzl0.net
鎌倉時代中期から主に、元寇の影響が大きかった西国を中心に悪党が現れる。 政治が乱れている証拠である
北条時頼のとき、悪党対策が取られたが、充分な成果をえられなかった。鎌倉時代末期には
御家人の中にも落ちぶれて悪党になるものがあった。 しかし悪党は、幕府と正面切って対決する力はなかった。それで朝廷に属して幕府の圧力をかわそうとし
後醍醐天皇と手を結んで倒幕に加担する。 元弘の乱を引き起こした悪党の楠木正成も、後醍醐天皇と結びついた悪党で、御家人だったといわれている
峯相記の著者は、悪党こそが鎌倉幕府滅亡の原因と言っているほどである。悪党の反乱が討幕のきっかけとなった。