【考古学】古代の「海人」に思い馳せ 兵庫・洲本で展示「古代淡路島の海人と交流-青銅・鉄・朱・塩-」at NEWSPLUS
【考古学】古代の「海人」に思い馳せ 兵庫・洲本で展示「古代淡路島の海人と交流-青銅・鉄・朱・塩-」 - 暇つぶし2ch200:>>104 射楯兵主神社の社伝がいつ中世になったんだ? 延喜式にも載っている神社なのに それに射楯の神こと五十猛が 神功の舵取りを務めたという話は 播磨国風土記にもある 一連のレスは荒唐無稽なのではなく、単に君に知識が足りなかっただけだ http://www.shiga-miidera.or.jp/serialization/shinra/171.html > 神社の祭神については「播磨国風土記」の飾磨郡・因達(いだて)の里の条には > 「土は中の中なり。右、因達と称(い)ふは、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと) 、韓国(からくに)を平(ことむ)けむと欲(おもほ)して、渡りましし時、 > 御船前(みふなさき)に御(ま)しし伊太代(いだて)の神、此処(ここ)に在(いま)す。故( かれ)、神のみ名(な)に因りて、里(さと)の名と為す」と記載がある。 > この因達の里の伊太代の神は岩波書店「播磨国風土記」の脚注によれば、「航海神。住吉大社神代記に船玉神と見える・・・」とある。 > これによると、因達(いだて)の里(さと) の名は伊太代(いだて)の神の名をつけたという。 > 射楯の神は神功皇后と係わりが深く記載されているので、海人族の神でもあったのであろう。



201:名無しさん@1周年
19/11/12 19:55:40.83 +/57rmsx0.net
156名無しさん@1周年2019/11/12(火) 00:10:24.39ID:+qunvZrN0
>>146
[射楯の神こと五十猛が神功の舵取りを務めた]?
播磨国風土記のどこにそんな話があるの?w
159名無しさん@1周年2019/11/12(火) 00:25:44.44ID:+qunvZrN0>>170
飾磨郡因達里の箇所で有名な一節
神功皇后が
「韓国を平けむと欲りして渡りましし時、御舟前の伊太氏の神ここにましき。故、神の名に因りて里の名とす」
この日本の風習の内容も解釈できないとか日本人なのかな?
日本の船には漁船にまで舟玉神というのをまつるわけ
その船玉神に韓国伊太氏という新羅に面する出雲に顕著な神を祀ってる
その神は韓国に対峙して出雲を始め日本国の護りとしての神で有名だけど
もちろん素戔嗚尊の息子神
ちょうど韓半島に向かって綿津見神を対馬から北九州にずらっと朝廷が
並べてるのと同じこと
三韓征伐の時に神功皇后がその息子神を船玉として船の守りに用いたわけだけど
その神が生身の人間に変身して舵取り?
頭おかしいのかな

202:名無しさん@1周年
19/11/12 20:06:00.48 VlR5j1u/0.net
沖縄では縄文時代以来、貝交易が連綿と続いていてこれが沖縄の古代史の大きな特徴となっている。
九州から出雲や西日本や愛知まで出土する男性の腕輪は大型のゴホウラ貝。
この大きな巻貝は琉球列島のサンゴ礁域に生息している。
弥生時代の貝交易は,北部九州の弥生人が、ゴホウラやイモガイを用いて腕輪を作ろうとしたことに端を発している。
貝交易の対象はゴホウラやイモガイ、ヤコウガイなどサンゴ礁の海に生息する特徴的な大型巻貝で、
サンゴ礁が現在のように島のまわりに完成するのは,弥生時代の頃である。
西北九州型(縄文系弥生人)は、中頭型で顔が低い。
眉の上が隆起する。鼻根部が陥凹し、鼻が高くホリが深い。
身長は男性平均で約158センチ、女性は148センチ程度と低身長。
こちらは福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県の海浜部の土壙(どこう)墓や石棺墓、支石墓から出土する。
糸島新町(福岡)、大友(佐賀)、松原(佐賀)、宮の本(長崎)、沖の原(長崎)、出津(長崎)、深堀(長崎)
浜郷(長崎)、大久保(長崎)、根獅子(長崎)、御領(熊本)、阿高(熊本)、畑中(熊本)

203:名無しさん@1周年
19/11/12 20:11:12.74 8SG8hIyQ0.net
>>1
慶野銅鐸などがたくさん出土する松帆から東へ続く倭文という地名が神秘だよね

204:名無しさん@1周年
19/11/12 20:23:16 m5f5qfIG0.net
>>195
>日本の船には漁船にまで舟玉神というのをまつるわけ
それは神功皇后が五十猛を舵取りとして勝利した出来事にあやかってるわけ
元々は人間なわけ

>その神が生身の人間に変身して舵取り? 頭おかしいのかな
八幡愚童訓や袋中上人が頭おかしいと?
頭おかしいのは故事にあやかるということを知らない君だよ

URLリンク(ja.wikipedia.org)
> 『磯良ト申スハ筑前国鹿ノ島明神之御事也 常陸国鹿嶋大明神大和国春日大明神 是皆一躰分身 同躰異名以坐ス 安曇磯良ト申ス志賀海大明神
>  磯良ハ春日大社似祀奉斎 天児屋根命以同神』(愚童訓より)

URLリンク(www.genbu.net)
> 袋中上人の『琉球神道記』には「鹿島の明神は。もとはタケミカヅチの神なり。人面蛇身なり。 常州鹿島の海底に居す。
> 一睡十日する故に顔面に牡蠣を生ずること、磯のごとし。故に磯良と名付く。 神功皇后、三韓を征し給うときに、九尾六瞬の亀にのりて、九州にきたる。
> 勅によりて、梶取となる。また筑前の鹿の島の明神。和州の春日明神。この鹿島。おなじく磯良の変化なり」とある。

205:名無しさん@1周年
19/11/12 20:35:42.63 P681BSCr0.net
>>194-146
抱腹絶倒したw
戦艦ヤマトに乗せて奉った船玉神は確か倭国造の祖神だったが146の頭の病気のような脳みそではウズ彦が急に操舵室にSF映画のように出現して戦艦ヤマトを操舵してたんだw
もう腹筋崩壊ww

>>198
抱腹絶倒の脳みそはコイツかよw
バカの極みで笑わせてくれてありがとうよww

206:名無しさん@1周年
19/11/12 20:36:24.04 Ee5Zrp/t0.net
そんな神功皇后の時代に初めて現れた支族が縄文時代からいる海洋民族なわけないじゃん
日本人は縄文時代から八丈島にも沖縄、北海道まで航海してるんだよ。

207:名無しさん@1周年
19/11/12 20:36:52.11 m5f5qfIG0.net
筑後国一宮・高良大社に伝わる高良玉垂神秘書にも安曇磯良とタケミカヅチやアメノコヤネが同一神であることが記されている
URLリンク(pds.exblog.jp)
また、宮城県の磯良神社には坂上田村麻呂が常陸国鹿島郡より磯良明神を勧請したのが創建とされている
西暦804年の時�


208:_ですでに安曇磯良=タケミカヅチだということは知られていたようだ http://www.komainu.org/miyagi/kamigun/isora/isora.html > 由緒:延暦23年(804)征夷大将軍坂上田村麻呂が東夷征伐のおり、常陸国鹿島郡から磯良明神を勧請しました。 > その先導を務めた川童東右ェ門は一関に永住し、その子孫達により祀られてきました。 > 阿度目神や河童大明神とも言い、通称「おかっぱ様」という名で親しまれています。 これだけ複数の史料が同じことを述べている以上、それは事実と見なければならない 安曇磯良とタケミカヅチは同一人物であり、神武東征よりも前の人物である



209:名無しさん@1周年
19/11/12 20:37:56.55 m5f5qfIG0.net
>>199
反論できないから分かりやすい自演で笑ってごまかすしかないのか
情けない奴だな

210:名無しさん@1周年
19/11/12 20:38:08.05 P681BSCr0.net
【考古学】沖縄に東北地方の縄文土器 2千年以上前、広域交流か
沖縄に東北地方の縄文土器
2千年以上前、広域交流か
沖縄県北谷町の平安山原B遺跡で出土した「亀ケ岡式土器」とみられる土器片
URLリンク(nordot-res.cloudinary.com)

縄文時代晩期(3千~二千数百年前)の東北地方を代表する「亀ケ岡式土器」とみられる土器片が、沖縄県北谷町の米軍返還地にある平安山原B遺跡で出土したと24日、同町教育委員会が明らかにした。
沖縄での発見は初めてで、西日本でも出土は限られている。製作地や沖縄に運ばれた背景を巡り、大きな議論を呼びそうだ。町教委は「当時の幅広い交流がうかがえる重要な発見」としている。
亀ケ岡式土器は、沖縄から約2千キロ離れた亀ケ岡石器時代遺跡(青森県つがる市)で出土したことに由来し、工芸品のような精緻な模様や作りが特徴。同じ頃の東北では精巧な漆器や遮光器土偶なども作られた。

211:名無しさん@1周年
19/11/12 20:39:12.18 m5f5qfIG0.net
>>200
>>75,77,79のとおり、神功は神武より昔の人物だよ

212:名無しさん@1周年
19/11/12 20:41:16.71 kzbeSqz00.net
>>198
何の説明にもなってないな

213:名無しさん@1周年
19/11/12 20:43:13.79 RGfJWVQG0.net
●時代考証がムチャクチャな韓流ドラマ!!
 そんな韓流時代劇で歴史の勉強する在日韓国人の皆さん!!
韓国KBS放送
2010年の大河ドラマ『百済の王クンチュワゴン』
4世紀になぜかフィリピンや台湾に国家があり、百済王に朝貢。
倭のヤマタイ国から王女「チング」姫が来るが、
原始人に毛の生えた程度の身なりのため使臣扱いされず門前払い。
しかし百済王の配慮で謁見が叶い、ヤマタイ国の使臣たちは感激
して土下座で臣下にしてくれと懇願。
百済の臣下たちは倭人は海賊ばかりで信用できないと反対するが、
百済王は広い心でヤマタイ国を百済の臣下となることを許す。
4世紀の倭人たちがなぜか稲や鉄器を見て驚き、チング姫は百済で
勉強したいと土下座して懇願。
ヤマタイ王が病没すると、百済の第二王子がチング姫と結婚し、新しい
ヤマタイ王となる。
百済王から、ヤマタイ国に「大和」の国号が与えられ、倭の統一を命じ
られる。大和王となった第二王子は、百済の臣下として倭の統一に
乗り出す。
・・・トホホ、何なの?
この在日韓国朝鮮人の歴史教科書の妄想感・・・・・・・。

214:名無しさん@1周年
19/11/12 20:44:24.07 Ee5Zrp/t0.net
>>204
日本中航海してたのは紀元前何千年も前の縄文人なんだよ
そんな弥生なんか新しい。

215:名無しさん@1周年
19/11/12 20:45:37.36 m5f5qfIG0.net
>>205
そういう自演はいいから

216:名無しさん@1周年
19/11/12 20:46:59.16 m5f5qfIG0.net
>>207
血族意識が出来たのが弥生ってことだろう

217:名無しさん@1周年
19/11/12 20:48:00.72 qQy6mHxL0.net
>神功は神武より昔の人物だよ
146、201、202由来の捏造がつぎつぎ暴かれていく

218:名無しさん@1周年
19/11/12 20:50:45.04 /yyGbBYB0.net
>>208
神功は神武より昔の人物とか、もう病院逝け

219:名無しさん@1周年
19/11/12 20:53:19.00 5Mup4fyi0.net
>>204
安定のブサイク自演w

220:名無しさん@1周年
19/11/12 20:54:30.40 m5f5qfIG0.net
>>210
いくら自演を繰り返しても、君の負けは覆らない

221:名無しさん@1周年
19/11/12 20:55:45.93 m5f5qfIG0.net
>>211
タケミカヅチ=安曇磯良に舵取りを命じた神功が神武より後なわけがない
タケミカヅチの葦原中津国平定は神武東征よりずっと前
病院は君が行くところ

222:名無しさん@1周年
19/11/12 20:55:58.61 6HF7nxhY0.net
>>197
麻布の装束と「わら靴」のスタイルに関係してる日本の古い織だろう
南方系ぽい

223:名無しさん@1周年
19/11/12 20:57:05 6HF7nxhY0.net
>>197
ちなみに「南方系貫頭衣」も「着物」も「フンドシ」も「サラシ」
にも共通しているのは
「反物(幅が同じの長い布)でできている」ということ
鉢巻きや女性の頭巾も同じ

224:名無しさん@1周年
19/11/12 21:00:28.02 Ee5Zrp/t0.net
せいぜい神功皇后の時に居た人をモデルにしてタケミカヅチという神を創作したくらいの事だろ

225:名無しさん@1周年
19/11/12 21:00:34.86 YWay14ug0.net
>>204 ID:m5f5qfIG0
さすが息をするように何とらやの現実逃避の誣告ミンジョクは違いますw
◆360以上年前から嘘つき民族
「この国民の誠実、不誠実および勇気について。彼らは盗みをしたり、嘘をついたり、
だましたりする強い傾向があります。彼等をあまり信用してはなりません。」
# 『朝鮮幽囚記』 ヘンドリック・ハメル 1630年-1692年
◆115年前も嘘つき民族
「嘘っぽい理論で結論を下す論法ときたらまったく驚くべきほどです。
自分が正しい場合がほとんどないにもかかわらず、悪びれる様子がほとんどない。」
# 『悲劇の朝鮮』 アーソン・グレブスト

226:名無しさん@1周年
19/11/12 21:01:42.48 Ee5Zrp/t0.net
アマテラスだって神功皇后あたりをモデルに創作したのかもしれんし

227:名無しさん@1周年
19/11/12 21:03:34 m5f5qfIG0.net
負けを認めたくない狂人がいくら自演を繰り返そうが、五十猛が安曇磯良と同一人物である事実は変わらない

五十猛(イソタケル)=射楯(イタテ)の神にしたって、
安曇磯武良(イソタケラ)=五十迹手(イトテ)
とそっくりそのまま同じ

五十迹手は「伊蘇志」(イソシ)と讃えられたとされるが、五十猛は有功(イサオシ)の神と呼ばれる

どこからどう見たって同一人物そのもの

228:名無しさん@1周年
19/11/12 21:04:16.21 m5f5qfIG0.net
>>217
>>214

229:名無しさん@1周年
19/11/12 21:05:11.77 Ee5Zrp/t0.net
>>220
だから五十猛とか創作だろどう考えても
そんな昔の神は

230:名無しさん@1周年
19/11/12 21:05:57.16 Xh+n+s9p0.net
「糞人」トンキン。

231:名無しさん@1周年
19/11/12 21:07:02.83 Oz3KPDcD0.net
>>218
中身のない中傷に逃げた時点でこいつの負けだな

232:名無しさん@1周年
19/11/12 21:08:17.67 Ee5Zrp/t0.net
だいたい神武あたりですら実在したかどうか結構怪しいのに

233:名無しさん@1周年
19/11/12 21:08:28.65 m5f5qfIG0.net
>>222
今ひとつ君が何を主張したいのかが分からない
神というのはもちろん創作で実在の人間だろうが、モデルとなった人物がいただろうという話をしているのだが

234:名無しさん@1周年
19/11/12 21:11:14.38 Ee5Zrp/t0.net
>>226
だからその神は古いのではなくて、神功皇后の頃の実在した人物をモデルに創作しただけじゃないかといってるんだよ

235:名無しさん@1周年
19/11/12 21:13:16.84 m5f5qfIG0.net
>>227
そう考える根拠は何?

236:名無しさん@1周年
19/11/12 21:13:20.88 FeFOS4770.net
スサノオが風の神だったなんて・・・。(;´・ω・)
ひょっとしたら、雨乞いの時に火防の神である秋葉さんに祈るのと同じように、
海が時化ては漁に出れないから風の神に祈ったのかもしれない。

237:名無しさん@1周年
19/11/12 21:15:50.88 Ee5Zrp/t0.net
>>228
神功皇后の事績は他国の文献からもほぼ史実と思われるからだよ。
その時代の人物が古い神様と同一視されているのなら、よくわかっている新しい方の人物をモデルにして古い神を創作したと考えるのが自然だろ。

238:名無しさん@1周年
19/11/12 21:17:18 fTT4d1Lg0.net
>>ID:m5f5qfIG0 >>214

誰の目にもお前の自演が負けてんじゃん

239:名無しさん@1周年
19/11/12 21:17:55 m5f5qfIG0.net
>>230
> 神功皇后の事績は他国の文献からもほぼ史実と思われるからだよ。
具体的にどれのことを言っているんだ?

240:名無しさん@1周年
19/11/12 21:18:47 Ee5Zrp/t0.net
他国の文献以外にも七支刀や広開土王碑などの物理的遺物もあるのでほぼ史実であろう。

241:名無しさん@1周年
19/11/12 21:19:08 m5f5qfIG0.net
>>231
君は誰?
一致するIDが無いようだが

242:名無しさん@1周年
19/11/12 21:20:53.86 fTT4d1Lg0.net
>>220
負けを認めたくない狂人はどう見てもお前だよ
何世紀も前の幽霊が舟を運転してんだもんなあw

243:名無しさん@1周年
19/11/12 21:21:44 Ee5Zrp/t0.net
葛城襲津彦が朝鮮に外交したとか、七支刀をもらったとかそういう記述だよ
それらは300年代のこととほぼ分かってるんだよ。

244:名無しさん@1周年
19/11/12 21:23:14.47 m5f5qfIG0.net
>>233
> 他国の文献以外にも七支刀や広開土王碑などの物理的遺物もあるのでほぼ史実であろう。
だからどの文献のこと?
七支刀にも広開土王碑にも神功なんて出てこないけど

245:名無しさん@1周年
19/11/12 21:24:12.51 m5f5qfIG0.net
>>236
それどこが外国の文献なの?

246:名無しさん@1周年
19/11/12 21:24:51.05 Ee5Zrp/t0.net
>>237
事績だよ。神功皇后はでてこないけど、神功皇后紀に書いてある事績は外国の文献にも出てくるんだよ。三国史記とか

247:名無しさん@1周年
19/11/12 21:26:42.89 m5f5qfIG0.net
>>239
具体的にどの事績のこと?

248:名無しさん@1周年
19/11/12 21:28:29.34 Ee5Zrp/t0.net
>>240
尚古王が神功皇后になにか献上したとか
葛城襲津彦が使いに来たとか
七支刀を献上したとか
王子を人質に出したとか

249:名無しさん@1周年
19/11/12 21:30:04.73 Ee5Zrp/t0.net
つーか
そんな事も知らないで神功皇后は神武以前だとか言ってるのかよ

250:名無しさん@1周年
19/11/12 21:30:18.71 m5f5qfIG0.net
>>235
何世紀も前じゃないんだが
こちらはソースを複数提示しているのに対して結局君は何一つ根拠を示せないね
最も下らない敗者だよ君は

251:名無しさん@1周年
19/11/12 21:37:53.06 Ee5Zrp/t0.net
稲荷山古墳とかの鉄剣もあるので
ほぼ神功皇后から雄略天皇あたりつまり300年代400年代は史実とみていいよ。

252:名無しさん@1周年
19/11/12 21:37:57.03 m5f5qfIG0.net
>>241
具体的にどれとどれか聞いてるんだけど
>>242
認識に齟齬があれば議論しても無意味だから聞いてるんだよ

253:名無しさん@1周年
19/11/12 21:39:21.34 Ee5Zrp/t0.net
>>245
具体的に書いてるじゃねーかよ
これ以上どう具体的にしろっていうんだよ

254:名無しさん@1周年
19/11/12 21:40:30.86 m5f5qfIG0.net
>>244
鉄剣一本でほぼ史実とか乱暴にも程がある
遣隋使のころの記述でさえ、推古天皇の時代なのに随使が会ったのが男だったり矛盾点があるのに

255:名無しさん@1周年
19/11/12 21:40:57.18 m5f5qfIG0.net
>>246
何年のどの記述のことか書けばいいだろ

256:名無しさん@1周年
19/11/12 21:41:31.87 Ee5Zrp/t0.net
>>247
熊本でも同じような時期の古墳から雄略天皇の鉄剣は出てる。

257:名無しさん@1周年
19/11/12 21:44:05.10 Ee5Zrp/t0.net
>>248
日本書紀には年代は書いてない。というより日本書紀の年代は偽っている。
三国史記の事績と照合すると


258:120年ずらすとピッタリ一致する。 つまり神功皇后は300年代のこととなる。



259:名無しさん@1周年
19/11/12 21:44:18.81 doNtCXWs0.net
ヒッタイト人か

260:名無しさん@1周年
19/11/12 21:45:21.40 EdEOl7YN0.net
>>230
神功皇后の事績は他国の文献からもほぼ史実だと言いながら
神功皇后が神武よりも前に存在した人だと?
おまけに三韓征伐の300年代後半のモデルのイソラまでが神武の存在とな

完全なキチガイが妄想アピッてもなんの効果もないわな

261:名無しさん@1周年
19/11/12 21:45:35.30 m5f5qfIG0.net
>>249
江田船山古墳の鉄剣は銘文が欠けているはずだが雄略のものであるという証拠は?

262:名無しさん@1周年
19/11/12 21:46:37.76 Ee5Zrp/t0.net
>>247
細かい矛盾はあるが事績としては両者一致している。
失礼な外交文書を持ってきたとかも一致している。

263:名無しさん@1周年
19/11/12 21:46:39.38 m5f5qfIG0.net
>>250
だから三国史記のどの事績か聞いてるんだけど

264:名無しさん@1周年
19/11/12 21:47:37 Ee5Zrp/t0.net
>>253
かけている前後の文字が稲荷山と同じだからじゃない?

265:名無しさん@1周年
19/11/12 21:48:39.29 qhhMghJy0.net
八十島祭
海神に関する祭な気がするんだよね。
国生み神生み神話とも関係がありそう
天皇の国土支配権の裏付けを企図する祭祀とある。
祭場とされた難波津では生島神・足島神を祀る生國魂神社の鎮座が知られ、八十島祭との関連性が指摘される。
また『延喜式』によれば、八十島祭では難波の地主神たる住吉神四座(住吉大社)・大依羅神四座(大依羅神社)・海神二座(不詳)・垂水神二座(垂水神社)・住道神二座(中臣須牟地神社)にも幣帛が供えられる規定であった。

後鳥羽院の八十島祭にしたがった津守経国の歌。
天の下のどけかるべし。難波潟、田蓑たみのの島に御祓しつれば      津守経国
八十島は、田蓑島のほかに中之島、福島、曽根洲、柴島くにじまなどの地名に残る。
淀川河口の中洲、自ずと固まってできた島、自凝島オノコロ島じゃないか?
おしてるや難波の崎よ出で立ちて 我が国見れば 淡島 自凝島 檳榔の島も見ゆ 放つ島見ゆ仁徳天皇

266:名無しさん@1周年
19/11/12 21:49:04.21 m5f5qfIG0.net
>>254
女帝のはずが男に会ったのは細かくない
はっきり言えばそのときは推古天皇ではなかったと見るのが妥当
そちらも認識している通り日本書紀は年代を偽っているが、狙って嘘を書いているのが明らかな書の偽りが年代だけと信じる理由はない

267:名無しさん@1周年
19/11/12 21:49:16.61 Ee5Zrp/t0.net
>>255
さち彦が使いに来た
肖古王がなにか献上した
七支刀を送った。
シマオウという王子がいた
などだよ。

268:名無しさん@1周年
19/11/12 21:51:30.53 m5f5qfIG0.net
>>256
五文字中二文字じゃな
何より、仮にワカタケルだとしても神功からワカタケルまでの間の記述が事実だと信じる根拠はない

269:名無しさん@1周年
19/11/12 21:53:41 m5f5qfIG0.net
>>259
その時の倭国のトップが神功だったなんて書いてないだろ
>>258の通り、事績はあってもトップが違うなんてパターンは十分にある

270:名無しさん@1周年
19/11/12 21:53:55.24 nL8TR0Il0.net
「韓国を平けむと欲りして渡りましし時、御舟前の伊太氏の神ここにましき。
故、神の名に因りて里の名とす」
伊太氏という神は実在は弥生中期から後期ぽい神なのに上の文章の意味が「神功(4世紀の終わり)の舵取りを務めた実在の人物」とか?
若年アルツハイマーてこういうことを言うのだろう

271:名無しさん@1周年
19/11/12 21:56:56.18 m5f5qfIG0.net
>>262
>>220で教えてあげたのにもう忘れた君がアルツハイマーだろう
若年ではないかもしれないが

272:名無しさん@1周年
19/11/12 21:59:13.15 Ee5Zrp/t0.net
>>261
なんのメリットがあって事績は本当のことを書いて王のなまえを偽る必要がある?

273:名無しさん@1周年
19/11/12 22:01:09 xvwEiPsP0.net
瀬戸内海は天日槍の渡来ルートでもある
淡路は多賀大社の由来でもあるし色々と面白いな

274:名無しさん@1周年
19/11/12 22:01:29.12 5zTr65wc0.net
>>250
日本中の歴史学者がそういう分析

275:名無しさん@1周年
19/11/12 22:02:33.94 m5f5qfIG0.net
>>264
神功が神武より昔の人物であることを隠すことができる
君みたいに事績部分の一致だけみて神功は4世紀末に違いないと思わせられるだろう

276:名無しさん@1周年
19/11/12 22:03:16.72 5zTr65wc0.net
>>265
アメノヒボコは淡路でも断られて伊和大神というオオナムチと学者に分析される神と戦して結局は丹後に押し込められた

277:名無しさん@1周年
19/11/12 22:04:19.79 5zTr65wc0.net
>>265
アメノヒボコの瀬戸内ルートなどは聞いたことがない
事績はまったく残していないからだが

278:名無しさん@1周年
19/11/12 22:05:54.54 5zTr65wc0.net
>>267
>神功が神武より昔の人物であることを隠すことができる
すさまじいバカが降臨というやつかな

279:名無しさん@1周年
19/11/12 22:05:57.17 xvwEiPsP0.net
>>269
播磨風土記などに記録がある

280:名無しさん@1周年
19/11/12 22:06:11.17 8kooVnHI0.net
昔に市立博物館の常設展示で見た記憶がある

281:名無しさん@1周年
19/11/12 22:06:25.52 Ee5Zrp/t0.net
>>267
日本書紀は実際より歴史を古く見せかけようと努力して年代を偽ってるのに、なんでわざわざ歴史が古い人を新しい人だと偽らないといけないんだよ。

282:名無しさん@1周年
19/11/12 22:06:35 m5f5qfIG0.net
>>264
そもそも女の指導者は珍しいからそうだとしたら百済側も特記しただろう
魏使倭人伝で女王卑弥呼が特筆されたように
そうなっていない理由を考えるべき

283:名無しさん@1周年
19/11/12 22:07:35.74 m5f5qfIG0.net
>>270
残念だがソースがいくつも上に出ている
馬鹿は自演がバレてないと思ってる君だけ

284:名無しさん@1周年
19/11/12 22:08:51.92 FeFOS4770.net
製塩土器って使い捨てなのかな?
俺の故郷でも大量に出土するよ。

285:名無しさん@1周年
19/11/12 22:09:09.75 5zTr65wc0.net
>>271
それはイダテ兵主神社の由来を見て言ってるのか?
播磨での主要な記述は伊和大神との戦だな
袈裟襷の銅鐸が出てる所の近くだから伊和大神をオオナムチと分析する学者が多い

286:名無しさん@1周年
19/11/12 22:09:18.44 qhhMghJy0.net
和歌の父母
安積山【アサカヤマ】 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を わが思はなくに
難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花
安積と書いてアズミではなくアサカと読む、興味深い
何故なのか?
【堺】に浅香山アサカヤマあり、【福島】にも安積アサカの地名が古くからある
この辺の謎が解けたらいいんだけどね
倭国大乱、葦原中国征伐を経て【父】と【母】の2つの勢力はバラバラになったのか?
サルタヒコを祀る伊勢の阿射加神社と何か関係あるのだろうか?
月待之祓の一節を連想してしまう
掛巻も畏き月弓尊は上絃の大虚を主給ふ
月夜見尊は圓滿の中天を照給ふ
月読尊は下絃の虚空を知食す
父母が出会い圓滿の中天を照らしだがまた別々になったのだろうか?
サルタヒコ、出雲の姫神である幸神と、クナトの神の子。

287:名無しさん@1周年
19/11/12 22:13:19.30 5zTr65wc0.net
播磨地方は明石国造などの勢力圏だったとも言われていて垂水の海神社の海人族の拠点でもあったいわてるからアメノヒボコの査問から戦になったともいわれていがな

288:名無しさん@1周年
19/11/12 22:16:01.18 sVT2QF6u0.net
海人の最大勢力である安曇の居住地を見ると奈良盆地だけぽっかり空白になっている
URLリンク(livedoor.blogimg.jp)
海から乗り込んできた北部九州の勢力が最後まで手こずったのが山に囲まれた奈良盆地だったということだろう
奈良盆地より先に海から行ける東海を勢力下に置いて、奈良盆地を孤立させた上で土着勢力を降伏させたと見るべきだろうな
土器の状況から見て奈良盆地の勢力と東海勢力は交流が深かったようだから、東海が神武率いる九州海人側についたのは痛かったろう
なにせ東海の尾張氏は北部九州の海人・安曇氏と同じく大綿津見(豊玉彦)を祖神とする氏族なので、東海に対しては武力制圧したわけではなく
元々親戚筋なのであっさり九州側につけることができただろう、あるいは最初から仲間だった可能性さえある
URLリンク(img-cdn.jg.jugem.jp)
ちなみに系図の通り安曇は東征した神武天皇ともごく近い親戚筋であるし、後に大和の地を治めた倭国造の祖・珍彦も同祖氏族
ヤマト政権が在地の勢力なら大和の為政者をよそ者の九州人にするはずもなく、最終的には奈良盆地も九州海人の支配下に入ったのは疑念の余地がない

289:名無しさん@1周年
19/11/12 22:22:35.06 O1JAnmd20.net
>>257
その仁徳天皇の和歌に檳榔の島が歌われているが、ビロウは福岡が北限で瀬戸内海には生えていない
淤能碁呂島は福岡の小呂島
URLリンク(zenyamaren.org)
この口語訳は「古事記(講談社学術文庫)」によると以下のとおりになります。
『(おしてるや)難波の崎から、出で立って、わが領有する国をながめると、淡島や島、また檳榔の島も見える。佐気都島も見える。』
注釈には「おしてるや」は難波の枕詞、「淡島はイザナミ・イザナギの二神が国産みの最初に産んだとされる産み損じの島」であり、
オノゴロ島は「神話上の島」、檳榔の島は「空想上の島」であるらしい、さけつ島も「実在の島ではあるまい」としています。
檳榔とはビロウの古名であり、ビロウは熱帯性のヤシ科の植物なので、南九州や四国太平洋岸には自生していても、
淡路島周辺の瀬戸内海には見ることができない植物です。これがネックとなり淡路島周辺のどこを見た風景なのかわからなくなってしまい、
結果「オノゴロ島」も「淡島」も「さけつ島」も全て「実在ではない島」となってしまっています。
ところが、この詩がそもそも淡路島から見て詠われたものではないと仮定して、淤能碁呂嶋候補と言われている島の中から、
自生ビロウが存在する島に絞って考えてみると、以外にこの詩のなぞが解けてくるのです。
淤能碁呂島候補でビロウが自生している島とは、唯一『小呂島』しかありません。

290:名無しさん@1周年
19/11/12 22:24:14.37 5zTr65wc0.net
>>280
安曇の同族の振魂系がすでに進出していて葛城西麓の加守や八木や三品流では桜井茶臼山まで進出していたらしい
考古学では唐古鍵と周辺の海人族ならではの線刻画が結構な量出ているのが面白いのだがな

291:名無しさん@1周年
19/11/13 00:58:05.25 1xfp9M5R0.net
>>184
訂正。
×海人族≠漁民ではない
○海人族=漁民ではない
記号を間違えると意味が逆になってしまうんだね。

292:名無しさん@1周年
19/11/13 04:59:50.25 1Itc9Bij0.net
古代朝鮮からの帰化人ってただの朝鮮人だろ古代朝鮮とか盛るな

293:名無しさん@1周年
19/11/13 09:51:21.85 qnrXjQO80.net
>>281
福岡の「小呂島」は知らなかったので検索してみた。
壱岐の東にある小島だな。
ビロウの北限や島の位置は面白いんだが、名前が
淤能碁呂志摩(おのごろしま)から変わる理由が欲しい感じ

294:名無しさん@1周年
19/11/13 10:45:44.78 W5KYpjB/0.net
淡路島は生産拠点として各地域に道具を輸出してた感じだな
石の産地の四国も近いし、瀬戸内海を通じて近畿地方から山陽に広く物を送るのに都合がいい
水路が移動手段だった古代に発展した理由が分かるな

295:名無しさん@1周年
19/11/13 11:46:29.84 W5KYpjB/0.net
製塩、鍛冶、石器作成、青銅器作成などの拠点として長く活用されているな
集落よりもそういう生産基地として機能してる
機能は地理を見れば不思議も何もないが、どう言った勢力が取り仕切っていたのか気になるな

296:名無しさん@1周年
19/11/13 12:07:41.91 du4iJm0p0.net
塩は塩爺、銅鐸は鈴木さん、鉄はオロチ丸

297:名無しさん@1周年
19/11/13 12:29:15.96 RDrLEvcE0.net
>>9
どうなんだろうな
俺は卑弥呼の居た女王国≠邪馬台国だと思っている
魏志倭人伝には女王国の記述は詳細にあるが邪馬台国という名前は一度しか出てこない
邪馬台国には大した意味が無いんだよ
あれは後から伝聞で付け足した情報に過ぎない

298:名無しさん@1周年
19/11/13 12:44:32.11 1xfp9M5R0.net
草薙剣が新羅から渡って来たって話があるんだけど、信じる?

299:名無しさん@1周年
19/11/13 12:46:37.48 W5KYpjB/0.net
淡路で銅鐸が作られなくなった時期が大和で銅鐸が作られなくなった時期と一致するな
いち早く銅鐸から撤退してる地域との連動が考えられる

300:名無しさん@1周年
19/11/13 12:50:03.86 JDrsEcYK0.net
朝鮮人の戯言はもういいから恥を知りなさい

301:名無しさん@1周年
19/11/13 13:03:02.89 Sj6QcBPj0.net
>>290
行きつけのキムチ食堂での話題かw

302:名無しさん@1周年
19/11/13 13:29:29.00 1xfp9M5R0.net
>>293
いや、『熱田宮朱鳥官符』に書いてあるんだよ。

303:名無しさん@1周年
19/11/13 13:31:58 lfPuBz2D0.net
釧に交換価値があったのは、この前の時代なんだよな

304:名無しさん@1周年
19/11/13 13:38:19 JDrsEcYK0.net
検索したが大嘘だったんだがそんな捏造話すぐバレるのになんでするのかな···

305:名無しさん@1周年
19/11/13 14:13:10.10 RDrLEvcE0.net
>>101
宗像教授によるとヤマタノオロチ神話はヒッタイト由来でインドを経由して伝わったのではないかという話だったが

306:名無しさん@1周年
19/11/13 16:43:58.85 LjmAiu420.net
>>285
同じ福岡の能古島(ノコのしま)と小呂島(オロのしま)を合わせてオノコロ島だという説を聞いたことがある

307:名無しさん@1周年
19/11/13 16:51:16 3Gwj3o9w0.net
>>298
オノコロ島
御ノコロ島
ノコロ島
ノコノ島
能古島
古語のロは現代後のノだな。

308:名無しさん@1周年
19/11/13 17:52:22.70 1xfp9M5R0.net
俺の地元の海人族ゆかりの集落には新羅からの移民伝説があるんだ。
その集落には肌の浅黒い人と肌の白い人がいるんだけど、たぶん肌の浅黒い人が海人族の子孫だと思う。

309:名無しさん@1周年
19/11/13 17:59:43 bsmt5nNS0.net
神話の天界から地界への移動は(国生み神話)この辺りから始まるから古代の重要地で
あることは間違いない

310:名無しさん@1周年
19/11/13 18:09:04 vU0M8HMR0.net
>>300
何処の地元?
伝説なら紹介しろよ
さもないとえてしてそういう述べ方の奴は嘘や願望を書くだけの奴とか
無知全能病の願望誘導の輩がいるからな

311:名無しさん@1周年
19/11/13 18:10:32.98 PzhuGB2N0.net
>>293
日本の場合は先ず記紀に当たってその次は先代旧事本記や新撰姓氏録とかなど
それぞれの神社の持ってる由来器みたいなものは特別に扱う
ああ、そうなんだとね
そういうのが上にもあるね
何百ある一例だけど例えそのやり方だと日本中は徐福だらけで富士山王朝にもいたことになって
飛騨高山には神武天皇商人もダメ出しもできる王がいて日高見王国には蝦夷王朝がある
出雲も風土記を斜め読みすればその大和王朝と違う独立した存在したとなってしまう
比較的正直に伝承していそうな宇佐のものを使えば三輪氏は在来古族ではなく」なってしまうし
旧事本紀をその通り読めば八木氏など位起の筋は皇室に最も近い筋となり日向時代の妃を
みるとその海人筋の者が神武天皇と置き換わってしまいさらには蛭子神の貴種の舞い戻りの
話が復活してヒルメとヒルコの鈿女と猿田彦の姫彦の作業仮説などが過大に生まれてしまい
さらには天村雲の実在性の考え方によって外宮が内宮よりも上位という考え方も発生してしまう
ただ今例えばで言った後半部は文献史学で使われる一級資料でその中でもこれだけ生まれから

312:名無しさん@1周年
19/11/13 18:40:57 WK07v4H00.net
>>294
当時武器に関してはほとんど朝鮮製だよ。
日本は祭祀用ばかりだ。銅鐸とか祭祀用の鉾とか

313:名無しさん@1周年
19/11/13 18:48:12 /tf04eAm0.net
>>300
その千年超えてどんな血が入っているのかわからんレベルなのに知ったふうに判断するのやめとけ

314:名無しさん@1周年
19/11/13 19:10:15.23 WK07v4H00.net
海人族がなんで朝鮮人だと思うんだ
朝鮮人は古墳時代に恐くて海を渡れなかったのに

315:名無しさん@1周年
19/11/13 19:11:39.49 WK07v4H00.net
だいたい朝鮮人が海人族なら対馬壱岐は朝鮮領になってないとおかしいだろ

316:名無しさん@1周年
19/11/13 19:20:38.19 WK07v4H00.net
海人族は明らかに縄文時代から日本にいるよ。
縄文土器やら黒曜石やら八丈島や北海道、沖縄で発掘されるんだよ

317:名無しさん@1周年
19/11/13 19:40:48 hVdoOHWe0.net
倭人の倭は中国では刺青の意味
中国南方の刺青をしている海洋民族も倭人と書かれている
サメ除けに顔に蛇の刺青を入れていた
蛇を祀る三輪氏も海人族で九州から東征して居を構えた場所を三輪山とした
新羅から戻って来たスサノオは蛇から政権を奪取している

318:名無しさん@1周年
19/11/13 20:33:20 1xfp9M5R0.net
>>302
>>302
渥美の伝説 鶴鵡石の由来 東三河を歩こう
URLリンク(www.net-plaza.org)

どうぞ。
「鶴鵡石」になっているけど、正しくは「鸚鵡石」。
ここに出てくる「異国」というのは新羅のことだよ。

319:名無しさん@1周年
19/11/13 20:35:52.00 1xfp9M5R0.net
>>302
アンカーを2つ付けちゃった。ごめん。(´・ω・`)

320:名無しさん@1周年
19/11/13 20:48:53.97 1xfp9M5R0.net
>>305
純血にこだわるなら近親婚するしかないね。

321:過去ログ ★
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