19/11/12 00:25:44.44 +qunvZrN0.net
飾磨郡因達里の箇所で有名な一節
神功皇后が
「韓国を平けむと欲りして渡りましし時、御舟前の伊太氏の神ここにましき。故、神の名に因りて里の名とす」
この日本の風習の内容も解釈できないとか日本人なのかな?
日本の船には漁船にまで舟玉神というのをまつるわけ
その船玉神に韓国伊太氏という新羅に面する出雲に顕著な神を祀ってる
その神は韓国に対峙して出雲を始め日本国の護りとしての神で有名だけど
もちろん素戔嗚尊の息子神
ちょうど韓半島に向かって綿津見神を対馬から北九州にずらっと朝廷が
並べてるのと同じこと
三韓征伐の時に神功皇后がその息子神を船玉として船の守りに用いたわけだけど
その神が生身の人間に変身して舵取り?
頭おかしいのかな