【古代】「阿波風土記」が裏付ける“邪馬台国四国説”…卑弥呼を連想させる徳島県の特徴、後継者とも関連が?at NEWSPLUS
【古代】「阿波風土記」が裏付ける“邪馬台国四国説”…卑弥呼を連想させる徳島県の特徴、後継者とも関連が? - 暇つぶし2ch300:名無しさん@1周年
19/07/13 07:01:23.86 E6pOI+TM0.net
つまり
奈良にあったアマテラスの国、親魏倭王の「邪馬台国」は
九州の「海神の国」の32代目の国王の
「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の第四皇子の神武に
滅ぼされてのっとられた
のさ

301:名無しさん@1周年
19/07/13 07:03:25.52 rtJLXxzn0.net
>1
>空から大きな山が阿波国に落ちてきた。~これは何の比喩なのか。阿波で成立した国家が奈良に移動したととれないだろうか。
隕石落下を語っているだけ。

>日本神話において、一番最初に生まれたのが淡路島であり、その次に四国である。
大ウソつき。はじめが淡路島で次は本州、四国はその次。
日本書紀原文
豊秋津洲。次生伊豫二名洲。次生筑紫洲。次雙生億岐洲與佐度洲。世人或有雙生者、象此也。次生越洲。次生大洲。次生吉備子洲。

説を唱えるにも出だしからクォリティが低すぎて話しにならない。

302:名無しさん@1周年
19/07/13 07:13:07.01 rUNV+Hce0.net
>日本神話において、一番最初に生まれたのが淡路島であり、その次に四国である。
その「淤能碁呂島」は、淡路島じゃない。
「淤能碁呂島」は、忌部の郷にある、吉野川中洲の「粟島」。  @阿波

303:名無しさん@1周年
19/07/13 07:15:10.86 rUNV+Hce0.net
>>291
>はじめが淡路島で次は本州、四国はその次。
大ウソつき。  @阿波

304:名無しさん@1周年
19/07/13 07:16:12.58 Aom/Gatq0.net
八幡平と同じ程度に信憑性がある説だな。
さすがにエジプト説には及ばないが。

305:名無しさん@1周年
19/07/13 07:19:57.65 rUNV+Hce0.net
「物部氏」の祖神とされている「伊加賀志許賣命・伊加賀色許雄命」が
日本で唯一、阿波國麻殖郡 「伊加々志神社」で祀られていることから、物部氏の本貫地は旧麻植郡周辺の可能性が高い。  @阿波

306:名無しさん@1周年
19/07/13 07:22:55.95 Z7RzPX3o0.net
岡山だろ

307:名無しさん@1周年
19/07/13 07:24:14.91 rUNV+Hce0.net
>>296
吉備忌部のこと? わははははは  @阿波

308:名無しさん@1周年
19/07/13 07:24:57.44 GpZeKg7v0.net
てか出雲民族=島根っていうのも懐疑的�


309:ネんだよな 出雲民族は京都奈良周辺の話が多い



310:名無しさん@1周年
19/07/13 07:25:18.91 ulXkGF740.net
天皇って、ずっと奈良にいたの?
卑弥呼の時代も?

311:名無しさん@1周年
19/07/13 07:30:52.50 rtJLXxzn0.net
>>293
ソース出してんだからあきらめろw

312:名無しさん@1周年
19/07/13 07:33:56.57 xafDFHWk0.net
泡は無いな

313:名無しさん@1周年
19/07/13 07:34:53.90 AT7CLKba0.net
>>298
追いやられたとかじゃないの?

314:名無しさん@1周年
19/07/13 07:37:42.55 MIap66PF0.net
>>298
自分は詳しくないがアメノヒボコとの関係も気になるな

315:名無しさん@1周年
19/07/13 07:41:24.16 /GfV4t5b0.net
>>1
最初の話は「隕石?」としか思わなかった
ライターさんは想像力豊かだねえ

316:婆
19/07/13 07:43:00.47 6/b4+FnV0.net
@阿波すげーなあ。

317:名無しさん@1周年
19/07/13 07:49:29.39 +crV8MXs0.net
単純に考えて神武天皇は漂泊の隼人族
鹿児島出身の奈良の村長さんだが子孫は総理大臣
小泉純一郎の父である小泉純也に似ている
日向国だから天孫降臨の地と言い出したのは宇佐神宮
宇佐神宮は自分の領地があった場所を高めようと色々捏造をしている
今の宮崎県民は神話の国というのを信じているが細かく調べればおかしな事ばかり
はっきり言って起源を主張するどこかの国のいうことと変わらん
これからは間違いは間違いと認めることが大事だと思う
続日本紀によれば昔の日向国は鹿児島宮崎を含む地域だった
記紀ではともに天皇家と隼人族は同族出身としている
日本書紀では特に阿多(薩摩半島南部)と特定している
ちゃんと調べれば分かることばかり
木花咲耶姫の本名である神阿多都比売
海幸彦の子孫は隼人族の阿多君
神武天皇の妃である阿比良比売は阿多小椅の妹
代々阿多(薩摩半島南部)の人間だらけ
おまけに鹿児島県南さつま市の上加世田遺跡からは久米と墨書された遺物が出土している
これは神武天皇の部下である大久米命との関連を思わせる
よって神武天皇の出身地は鹿児島県の薩摩半島
旧加世田市から旧金峰町にかけてと思われる
なお天孫降臨が現実にあったと考えるのは無理がある
それに山上に神が降り立つというのは北方系の神話
高千穂地名の変遷
日向風土記逸文(713、引用は続日本紀797)知鋪の郷(ちほと読めるから高千穂と言い出す。本当に原本にあったか?)
宇佐八幡宮託宣(765)高智保(たかちほと言ってるのが神主だと分かる。)
和名類聚抄(925)   智保(一般には広まっていないようで、辞書にはまだ高千穂は載らず。)
大日本史(1657~)  日向国臼杵の郡、智保、今は高千穂の庄(虚仮の一念、岩をも通す。でも正式には智保。)
(参考)1889年(明治22年)三田井村、押方村、向山村が合併し高千穂村となる。(ようやく正式に高千穂)

318:名無しさん@1周年
19/07/13 07:50:42.86 rUNV+Hce0.net
>>298
>出雲民族は京都奈良周辺の話が多い
そりゃ、みんな忌部一族なんだから。  @阿波

319:名無しさん@1周年
19/07/13 07:52:14.24 /GfV4t5b0.net
>>298
自分もあまり詳しくないんだけど
日本海周辺に渡来系の文化があって、
それがあちこちに移動してるのかな
伊勢に祀られてる豊受大神は丹波出身だし
元出雲の別称がある出雲大神宮は丹波(亀岡)に
あるけど

320:名無しさん@1周年
19/07/13 07:57:43.21 rUNV+Hce0.net
>>308
>伊勢に祀られてる豊受大神は丹波出身だし

「神道五部�


321:早vの『豊受皇太神御鎮座本記』の内容を「国史大系」の第七巻から見てみると 「天村雲命伊勢大神主上祖也。神皇産霊神六世之孫也。阿波國麻植郡座忌部神社、天村雲神社、二座是也」 阿波國に座す二社(忌部神社、天村雲神社)が皇祖皇統の正統なる末裔であると記している。 阿波忌部が伊勢神宮(少なくとも外宮の)の正統なる祭祀者であり、伊勢神宮は阿波忌部の上祖(天日鷲命)を祀っているのである。



322:名無しさん@1周年
19/07/13 07:59:02.42 qu5a6ipl0.net
邪馬台国に関する記述は出鱈目だと思う。
中国人はそんなに正確に事実を記する人種ではない。
それとは関係無く、阿波に大和国を建設した元の氏族が居たのだろうと思う。
それならば何の無理もない話である。

323:名無しさん@1周年
19/07/13 08:01:07.71 BNXUjYPU0.net
徳島とか言い出すんだったら
三重だってあり得る話だよな。なにしろ伊勢神宮があるし。

324:名無しさん@1周年
19/07/13 08:01:33.01 rtJLXxzn0.net
淤能碁呂島を淡路島と誤解してるケースが偶に見られるので整理する
伊邪那岐と伊邪那美が天浮橋に立って、天之瓊矛で掻き混ぜて海を作り、その時の滴からできたのが淤能碁呂島
伊邪那岐と伊邪那美が降り立ってからが国産みで、最初に淡路島、次に本州の順で誕生する。
日本書紀に記されている淤能碁呂島の所在地は淡路島と吉備の間の瀬戸内海上の島とされる。
仁徳天皇の詠んだ歌
日本書紀原文
『淤志弖流夜、那爾波能佐岐用、伊傳多知弖、和賀久邇美禮婆、阿波志摩、淤能碁呂志摩、阿遲摩佐能、志麻母美由、佐氣都志摩美由』

325:名無しさん@1周年
19/07/13 08:02:34.02 rUNV+Hce0.net
内宮、外宮、両宮の御鎮座当初より忌部氏が祭祀を司っていたのはまぎれもない事実であり、6世紀に中臣氏に取って代わられるまでその地位は安泰だった。
その御鎮座時を記録するために度会氏が14世紀になってこの『豊受皇太神御鎮座本記』を記したのであろう。
ただ、「伊勢大神」というのは「天照大神」を指していて、
穀物神である豊受大神を祭神とする外宮「豊受大神宮」の記録『豊受皇太神御鎮座本記』に、この「伊勢大神」=「天照大神」の記述があるのは、非常に不自然である。
つまり、「豊受大神」(外宮)=「伊勢大神」=「天照大神」(内宮)ということか。  @阿波

326:婆
19/07/13 08:05:08.44 6/b4+FnV0.net
>>311
三重の志摩は御食国でいいじゃん。
美味しいものがいっぱいあるのだ。淡路もそう。
阿波には粟しかない。

327:名無しさん@1周年
19/07/13 08:09:07.46 SKT8r70Z0.net
>>40
金印

328:名無しさん@1周年
19/07/13 08:09:26.91 /GfV4t5b0.net
>>309
話逸れるけど「天村雲」は剣ではなく人なんだ
功績があるから剣に名がついたか、
剣から名をもらったのか、とか考えるとロマンあるね

329:名無しさん@1周年
19/07/13 08:11:03.36 oGPpqzeM0.net
>>291
ググっただけだけど、古事記では本州は最後みたいよ。

330:名無しさん@1周年
19/07/13 08:11:28.68 /GfV4t5b0.net
>>314
鳴門の渦潮…あれは食べられないかw
徳島に行った友達から刺身が美味かったとは
聞いたよ
宿が少なくて難儀したらしい

331:名無しさん@1周年
19/07/13 08:13:19.62 Q8FQoRBS0.net
ほらね、畿内説がポシャったら四国説に移行するって昔から言われてたけどね。
要するに畿内説は終わったわけよw

332:名無しさん@1周年
19/07/13 08:16:41.05 9ifTZ6mZ0.net
四国って良くも悪くも話題が少ないから、もう四国にしてあげれば?と思ったりw

333:名無しさん@1周年
19/07/13 08:17:59.82 rUNV+Hce0.net
饒速日命の孫「天村雲」を祀る「阿波国式内社 天村雲神社」(徳島県吉野川市)
延喜式神名帳には麻植郡天村雲神伊自波夜比売神社二座とある。その論社が徳島県吉野川市山川町村雲にある「天村雲神社」である。
祭神は,「天村雲命」と「伊志波夜比女命(いしはやひめ)」の二柱である。
>>316
>話逸れるけど「天村雲」は剣ではなく人なんだ

「天村雲命」は,饒速日命の孫で,天香語山命又名を手栗彦命(たぐりひこのみこと)高倉下命(たかくらじのみこと)と穂屋姫(ほやひめ)の子である。
阿俾良依姫(あいらよりひめ)を妻として,天忍人命(あまのおしひとのみこと)天忍男命(あまのおしおのみこと)忍日女命(おしひひめのみこと)を生んだ。

334:名無しさん@1周年
19/07/13 08:19:00.52 /GfV4t5b0.net
>>313
伊勢大神は天皇家で、豊受大神は別の家で
親戚(皇戚)だとかでは?
古代は人が少ないから、王様やエライさんは
親戚同士なんじゃないの
物部氏も蘇我氏も天皇家の外戚みたいな感じで

335:名無しさん@1周年
19/07/13 08:19:55.22 rUNV+Hce0.net
>>316
>話逸れるけど「天村雲」は剣ではなく人なんだ

饒速日命の孫「天村雲」を祀る「阿波国式内社 天村雲神社」(徳島県吉野川市)
延喜式神名帳には麻植郡天村雲神伊自波夜比売神社二座とある。その論社が徳島県吉野川市山川町村雲にある「天村雲神社」である。
祭神は,「天村雲命」と「伊志波夜比女命(いしはやひめ)」の二柱である。
「天村雲命」は,饒速日命の孫で,天香語山命又名を手栗彦命(たぐりひこのみこと)高倉下命(たかくらじのみこと)と穂屋姫(ほやひめ)の子である。
阿俾良依姫(あいらよりひめ)を妻として,天忍人命(あまのおしひとのみこと)天忍男命(あまのおしおのみこと)忍日女命(おしひひめのみこと)を生んだ。

336:名無しさん@1周年
19/07/13 08:23:41.90 rUNV+Hce0.net
>>322
>物部氏も蘇我氏も天皇家の外戚みたいな感じで
物部氏も蘇我氏も天皇家も、みんな元は忌部一族。
ここでいう忌部一族とは、平安時代の『新撰姓氏録』以降の忌部(斎部)氏ではない。
忌部一族とは倭人(広義の忌部氏)であり、全国を拓殖していった古代倭国(阿波)スーパー頭脳集団の総称である。  @阿波

337:名無しさん@1周年
19/07/13 08:25:24.84 rUNV+Hce0.net
>>323
「天村雲命」は,
(1)饒速日命が大倭国に天降るときに防御の人として高皇産霊神に使わされた三十二人の内の一人。「先代旧事本紀」
(2)邇邇芸命に命ぜられて高天原から水の種を持ち帰った。それが天真名井である。その功績として,邇邇芸命より天二上命,小橋命という名を賜った。
「小橋」と言えば,「邇邇芸命」の三世孫の「神武天皇」は,日向時代に,阿多小橋君の女(むすめ)の阿比良比売を妻としている。 
小橋命とよばれた「天村雲命」の孫あるいは曾孫が阿比良比売で,「邇邇芸命」の三世孫の「神武天皇」に嫁いだとしても不思議ではない。
「天村雲命」の妻の阿俾良依姫と阿比良比売の名にも共通性を感じる。
 
「天村雲命」は又の名を天五多手(あめのいたて)という。麻植郡には忌部郡と射立郡があり,「天村雲神社」が鎮座する射立郡は天五多手(あめのいたて)の名に通じる。 
「天村雲神社」や同じく式内社の「伊加々志神社」周辺には「雲宮」とか「天王原」とか何やら意味ありげな地名が見える。  @阿波

338:名無しさん@1周年
19/07/13 08:28:56.12 /GfV4t5b0.net
>>324
現代でも兵庫あたりからイノシシが瀬戸内海
泳いで渡ってくるくらいだから、
古代でも船で阿波(だけじゃなく、四国の瀬戸内海側)と本州は割合と交流できそうだよね

339:名無しさん@1周年
19/07/13 08:29:26.00 rUNV+Hce0.net
>>317
>ググっただけだけど、古事記では本州は最後みたいよ。
>>291は、我田引水。 可哀そうな人。 @阿波

340:名無しさん@1周年
19/07/13 08:32:18.38 rUNV+Hce0.net
>>326
>古代でも船で阿波(だけじゃなく、四国の瀬戸内海側)と本州は割合と交流できそうだよね
言っとくけど、倭国(阿波)は縄文時代から、海を渡って交易しているよ。
倭国(阿波)の海人族、恐るべし。  @阿波

341:名無しさん@1周年
19/07/13 08:34:03.60 s86/ps1p0.net
出雲風土記に国譲りのシーンが出てこない
出雲の国譲りに関わった七神を祀る神社は徳島に全て揃ってる
あれ?

342:名無しさん@1周年
19/07/13 08:35:16.86 d+2IixyA0.net
邪馬台国って卑弥呼というインチキ霊媒師女性が仕切ってたと言うだけで他になんかやったの?
なんで邪馬台国だけこんなに大騒ぎされたの?
たった三大で潰されたショボイ国だろ。

343:名無しさん@1周年
19/07/13 08:35:59.98 hA10+Tla0.net
ハゲだけど邪馬台国は東北だったと思うよ

344:名無しさん@1周年
19/07/13 08:37:23.04 aKG5gdtp0.net
>>223
「橘の小門」って橘湾かな?
>>311
>三重だってあり得る話だよな。なにしろ伊勢神宮があるし。
理由になってない、「元伊勢」でググれ

345:名無しさん@1周年
19/07/13 08:38:14.30 MIap66PF0.net
>>317
古事記と日本書紀の記述があわないことはしょっちゅうだし、どれが正しいなんてことは言えない
日本書紀には一書にいわくで計6説書いてあるわけで、島が出来た順番なんて考えるのは時間の無駄

346:名無しさん@1周年
19/07/13 08:40:06.72 zZfBWBTv0.net
八十島祭
天皇の国土支配権の裏付けを企図する祭祀と書かれてある。なぜ大阪で行うのか?
後鳥羽院の八十島祭にしたがった津守経国の歌。
天の下のどけかるべし
難波潟、田蓑たみのの島に御祓しつれば      津守経国
八十島は、田蓑島のほかに中之島、福島、曽根洲、柴島くにじまなどの地名に残る。
自凝島、オノコロ島かもしれないね

347:名無しさん@1周年
19/07/13 08:43:49.94 +9YjkmAW0.net
阿波風土記って、津軽なんとかと同工異曲の素性不明のインチキ本だろ

348:名無しさん@1周年
19/07/13 08:45:45.96 zZfBWBTv0.net
仁徳天皇記   
押し照るや 難波の崎よ 出で立ちて
我が国見れば 淡島 自凝島 檳榔の島も見ゆ 放つ島見ゆ
難波の崎からオノコロ島、淡路島見えるとある。
自凝島は淀川河口にできた洲のことだろう
古代の人々は国生み神話は、大阪湾の話であるのを当たり前のように理解していた。

349:名無しさん@1周年
19/07/13 08:49:54.31 E6pOI+TM0.net
ではここで旧唐書に書かれている「日本国伝」・・つまり632年に、遣唐使の帰国に同行して大和に来た唐の「高表仁」に
【皇極天皇】「天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめのみこと)」が自ら語った日本の歴史を、日本の『記紀』と照らし合わせながら見てみよう
まず、日本の初代国王は、天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)
『古事記』でも、神々の中で最初に登場する神である
そしてそれから数えること30代目の国王が、綿津見大神(豊玉彦)
豊玉彦は九州の「海神の国」漢委奴国の国王であり、アマテラス、ツクヨミ、スサノオと同じく、イザナミの子
つまりこのとき同時期に、奈良にはアマテラスの国があり、出雲にはスサノオの国があるわけだ
そしてその「海神の国」漢委奴国に出雲から、火照命(海幸彦)の釣針をなくしてしまった、火遠理命(山幸彦)がやってくる
火照命(海幸彦)も、火遠理命(山幸彦)も、
奈良のアマテラスが併合した出雲のスサノオの国にアマテラスが派遣した、奈良のアマテラスの孫の瓊瓊杵尊(ニニギ)の息子だ
出雲からやってきた、奈良のアマテラスの孫の瓊瓊杵尊(ニニギ)の息子火遠理命(山幸彦)は
九州の「海神の国」漢委奴国の30代目の国王「綿津見大神(豊玉彦)」の娘の豊玉毘売と結婚して、九州の「海神の国」漢委奴国の31代目の国王となって
宮崎県日南市の鵜戸神宮で32代目の九州の「海神の国」漢委奴国の国王の「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」が生まれるわけだ
そしてここまでずっと、九州の「海神の国」漢委奴国の筑紫城に居た
そしてその、32代目の九州の「海神の国」漢委奴国の国王の「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の【第4皇子の神武】が、
天皇を名のって、アマテラスから十種の神宝を授かった奈良の饒速日命(ニギハヤヒ)を服従させて、九州の「海神の国」から奈良のアマテラスの国に移り住んで、奈良のアマテラスの国を治めた
遣唐使を送った大和政権は、その末裔・・・つまり親魏倭王の「邪馬台国」の末裔ではなく、九州の「海神の国」漢委奴国の末裔っつーことになっている

350:名無しさん@1周年
19/07/13 08:58:50.87 9KJJ5zUx0.net
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351:名無しさん@1周年
19/07/13 09:09:17.31 E6pOI+TM0.net
つまり
奈良にあったアマテラスの国
アマテラスから十種の神宝を授かった饒速日命(ニギハヤヒ)が統治していた奈良の国
親魏倭王の「邪馬台国」

九州の「海神の国」漢委奴国の32代目の国王の「彦波瀲武鵜葺草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の【第4皇子の神武】が滅ぼしてのっとった
神武の次を綏靖と云い、その次は安寧、その次は懿德、その次は孝昭、その次は天安(孝安)、その次は孝靈、その次は孝元、
その次は開化、その次は崇神、その次は垂仁、その次は景行、その次は成務、その次は仲哀となる。
仲哀が死んだあと、開化の曽孫女の神功(じんぐう)を王とした。その次は応神、その次は仁德、その次は履中、その次は反正、その次は允恭、その次は安康、
その次は雄略、その次は清寧、その次は顯宗、その次は仁賢、その次は武烈、その次は継体、その次は安閑、その次は宣化、その次は欽明である。
欽明の十一年は、梁(りょう)の承聖(しょうせい)元年(552年)にあたる。
その次は海達(敏達)、その次は用明となる。
(この用明が)多利思北孤(たりしほこ)の代理として来朝したのは隋の開皇(かいこう)末(600年)にあたり、そのとき初めて(大和王朝は)中国と国交を通じたのである。
その次は崇峻となる。その崇峻が死んで、欽明の孫女の雄古(推古)が継いだ。その次は舒明、その次は皇極(こうぎょく)となっている。
と【皇極天皇】「天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめのみこと)」は、632年に、遣唐使の帰国に同行して大和に来た唐の「高表仁」に言ったのさ

352:名無しさん@1周年
19/07/13 09:09:50.08 sM63Ptxa0.net
にぎやかしでスレ開いたのに
みんな真面目にレスしてるから
ちょっと出直してくるわ…
まいったな~

353:名無しさん@1周年
19/07/13 09:22:42.54 0uhJPob30.net
>>280
てことは、偽書の類いである可能性も大ってことか。

354:名無しさん@1周年
19/07/13 09:28:13.01 oGPpqzeM0.net
>>333
いや、だから日本神話として淡路島の次が四国だという話は間違ってはいないんじゃ
ないの?

355:名無しさん@1周年
19/07/13 09:47:36.68 prbebl/f0.net
ないな、本州には信頼できるような伝説がないもの

356:名無しさん@1周年
19/07/13 09:52:11.91 prbebl/f0.net
みかんは佐賀、宮崎だろ。
神話と原始日本につながりとか一切ないでしょ。
神社系はどう考えても渡来文化なんだから。

357:名無しさん@1周年
19/07/13 09:54:10.21 i2etOIZY0.net
天村雲、人名であり剣名
自動車「トヨタ」といっしょと考えればいい
トヨタも創業者の人名だ

「村雲」は雲が群がってる様子
これは刀鍛冶のときにできる煙のことやね
製鉄、鋳鉄、錬鉄には火力が必要
山の斜面を削ってトンネルをつくり、そこに大量の木材を投入して火力を得る

358:名無しさん@1周年
19/07/13 09:56:44.03 MIap66PF0.net
>>342
いやそういうことじゃなくて
これは伝説でほんとに起こったことじゃないんだから決まった正解なんてない
いろんな伝承があったということがわかるだけで
それぞれの伝承がどの豪族由来のものなのかわかればまあ議論の余地もあるけどね

359:名無しさん@1周年
19/07/13 09:57:02.69 hgqUs9oe0.net
四国は畿内の植民地。
特に大石などを取って畿内に運んでいたものと思われる。
そこから淡路中心が生まれる。時期は古墳時代だな。
ま、植民地が起源や中心、元を領有してたを主張するのは良くある。

360:名無しさん@1周年
19/07/13 09:59:11.45 i2etOIZY0.net
天村雲剣、トヨタの車と同じと考えればいい
スサノオのヤマタノオロチ退治の話は目的と結果が転倒している
真のストーリーは
「天村雲を始祖とする鍛冶勢力」を取り込むために、それを邪魔するヤマタノオロチを退治した
ということだろう
「天村雲」をゲットすることが最初から目的だったのだ

361:名無しさん@1周年
19/07/13 10:00:55.75 zw3b3K1O0.net
>>290
いや奈良は大物主や事代主の国だよ。
アマテラスじゃない

362:名無しさん@1周年
19/07/13 10:02:40.17 gbI1qFxZ0.net
1世紀初めの予想勢力図 右赤の近畿勢力と左青の東海勢力
URLリンク(blogimg.goo.ne.jp)
URLリンク(blogimg.goo.ne.jp)

363:名無しさん@1周年
19/07/13 10:02:56.15 i2etOIZY0.net
ではヤマタノオロチとはなにか
ヤマタノオロチ=ヤマトのオロチ=ヤマトの蛇
であって
ヤマトにいる蛇といえば、もうこれは大物主だろう
天皇家の王女のモモソヒメが嫁いだ先だよ
蛇というのは、鍛冶による顔面のヤケドのことを言っているのではないか?
だから大物主は、嫁いできたモモソヒメに顔を隠したかった

364:名無しさん@1周年
19/07/13 10:03:22.53 s86/ps1p0.net
最古の前方後円墳は徳島で、前方後円墳を最初に卒業するのも徳島
3~5世紀に徳島に最新文明があったのは間違いない

365:名無しさん@1周年
19/07/13 10:04:34.31 gbI1qFxZ0.net
たくさん種類があった銅鐸が分割消滅集約される様子
URLリンク(blogimg.goo.ne.jp)
URLリンク(blogimg.goo.ne.jp)

366:名無しさん@1周年
19/07/13 10:05:39.20 gbI1qFxZ0.net
歴史秘話ヒストリア 銅鐸とまぼろしの王国 ②
URLリンク(blog.goo.ne.jp)
銅鐸の種類と変遷と出土状況から1世紀初めには
近畿と東海に国があったと思われる

367:名無しさん@1周年
19/07/13 10:07:19.52 i2etOIZY0.net
本州で銅鐸が出回っていたこと、九州ではそれ以上の大量の金属製品が出回っていた
近畿も東海も九州に比べたら小国だよ
そのころは出雲もビッグプレイヤーだね

368:名無しさん@1周年
19/07/13 10:08:11.14 DteabJQG0.net
ほお、卑弥呼は泡姫だったのか

369:名無しさん@1周年
19/07/13 10:08:28.29 s86/ps1p0.net
>>347
植民地になったのは7~8世紀以降
ずっと植民地なら四国になぜ三木家(忌部一族)がいるんだってな

370:名無しさん@1周年
19/07/13 10:10:14.53 prbebl/f0.net
神話はもうどうでもいいほどに意味不明だよな、なにがなんだかわからない。
物語づくりの才能がないとしか思えない。

371:名無しさん@1周年
19/07/13 10:15:38.71 gbI1qFxZ0.net
説明が足りなかったね
>>350 >>353 >>354 これらを踏まえて >>162を読んでね
>其國本亦以男子爲王 その国もまた男子を王とした
ここのその国は東海勢力
「もまた」だから東海の扱いの方が低く
倭国の母体はもう一方の近畿勢力だと思われる
共立して卑弥呼の時代に東海海勢力は
近畿勢力に飲み込まれたと思われる
>倭國亂相攻伐歴年
倭国乱れ相攻伐しあうこと歴年
相攻伐ってとこから主に近畿と東海の2国間の争いだったと思うんだよ

372:名無しさん@1周年
19/07/13 10:16:53.93 i2etOIZY0.net
>>358
読み解く必要がある
たとえば大国主が大物主と邂逅するシーン
「スクナビコが死んで困った大国主のもとへ海の向こうから光り輝く神様(大物主)が表れて~~~(大物主は)奈良の三輪山に鎮座することになった」
一方で別の項でニギハヤヒに関してサラッと書いてある記述
「神武天皇に先立ち天磐船で近畿に降り立った」

海からきて奈良に向かう光り輝く神様(大物主)と天磐船で近畿に向かう神(ニギハヤヒ)が同一神だと暗に示唆してるわけだ

373:名無しさん@1周年
19/07/13 10:17:38.66 i2etOIZY0.net
>>359
いやだから九州の銅矛、出雲の銅剣勢力のほうが国力デカいからな

374:名無しさん@1周年
19/07/13 10:18:13.97 prbebl/f0.net
>>360
やめてもらっていいですか?
なるわけないし、全く面白くもない、才能がないとしか思えない。

375:名無しさん@1周年
19/07/13 10:19:07.61 gbI1qFxZ0.net
出土した銅鐸の変遷から考えられる
近畿国と東海国の戦いからの共立と
魏志倭人伝の記述が矛盾してないってことね

376:名無しさん@1周年
19/07/13 10:19:34.01 g+u7lS79O.net
スサノオなんて半島の神様だよ、海彦山彦だってどっちが弾き出されたか、参考文献編集者の考え次第だからな。500年も後の記紀を丸飲みするなんてどうかしてる。人類は文明国が駆逐してくんだよ、田舎が文明を飲み込むなんて聞いたことないよ。

377:名無しさん@1周年
19/07/13 10:21:58.73 i2etOIZY0.net
>>363
いや矛盾してるよ
九州のほうが国力デカいのに、なぜその九州を含む倭国の中心が、国力に劣る奈良なのよ
という

378:名無しさん@1周年
19/07/13 10:23:48.02 i2etOIZY0.net
>>362 いやなるでしょ ニギハヤヒの存在を矮小化するためにいろいろ記述を変えてるだけで



380:名無しさん@1周年
19/07/13 10:25:37.11 fAtPrBcd0.net
ニギハヤヒは矮小化されてない
むしろ神武天皇の方に全然正当性がない
これ書いていいの?ってくらい理不尽な侵略だよ

381:名無しさん@1周年
19/07/13 10:27:09.27 V4Ib8dsY0.net
で、徳島に古墳あるの?

382:名無しさん@1周年
19/07/13 10:27:48.27 prbebl/f0.net
畿内説があること自体が、歴史に意味がないことの証明だな

383:名無しさん@1周年
19/07/13 10:28:26.09 AIUzPnYo0.net
蛇は海人族の神
海人族は顔に蛇の刺青を入れていた
倭とは中国では元来、刺青の意味だったから
中国の南方にいた倭人とは人種というより刺青を入れていた族のことを指している
三輪の大物主は海人族の蛇
大物主、つまりヤマタノオロチから国譲りを受けたのはスサノオ派

384:名無しさん@1周年
19/07/13 10:28:35.56 gbI1qFxZ0.net
>>365 そのとおり九州の方がすすんでる
これはいつもの引越しで説明できる
銅鏡が発見された伊都国平原遺跡が2世紀後半で
3世紀になると近畿で銅鐸が消滅して銅鏡が登場する
伊都国から奈良に来た卑弥呼が宗教改革を行ったと考えてる

385:名無しさん@1周年
19/07/13 10:30:42.05 gbI1qFxZ0.net
さらに九州からの引越しは文化面でも近畿の発展を促した

386:名無しさん@1周年
19/07/13 10:31:07.23 YWqtWPPB0.net
四国も立候補

387:名無しさん@1周年
19/07/13 10:31:19.89 g+u7lS79O.net
卑弥呼の時代は、兎に角鉄だよ、これを巡る争い、奈良は太古の原住民、土蜘蛛達、ナガスネヒコもカムイのかわみみも土蜘蛛。日向族を潰したい新羅と日向族と土蜘蛛達の争いと中華の思想が混沌を生むんだよ。

388:名無しさん@1周年
19/07/13 10:32:14.89 AIUzPnYo0.net
>>371
卑弥呼は生涯引きこもっている
奈良に連行されたとしたら台与

389:名無しさん@1周年
19/07/13 10:32:17.41 YWqtWPPB0.net
俺の股間のヤマタノオロチが暴れそうになってる

390:婆
19/07/13 10:33:27.90 6/b4+FnV0.net
>>367
「東に良い土地がある」と伝えた塩筒老翁が悪いよな。
定職にも就かず田舎町で暴れてたヤンキー兄弟をそそのかして、
厄介払いした爺さんの構図w

391:名無しさん@1周年
19/07/13 10:35:27.48 prbebl/f0.net
そもそも女王国じゃない時点で何ら日本ではないことは明らか

392:名無しさん@1周年
19/07/13 10:35:54.33 fAtPrBcd0.net
>>376
おい、その粗末なヤトノカミ引っ込めろよ

393:名無しさん@1周年
19/07/13 10:37:38.85 AIUzPnYo0.net
自称神武は、隼人から追い出され日向から東征。
最初に宇佐に寄っているが、そこにあった邪馬台国を乗っ取り、背乗りして邪馬台国の威光を利用して東征した。

394:名無しさん@1周年
19/07/13 10:37:47.60 gbI1qFxZ0.net
九州出身の卑弥呼の統治統制能力はかなりのものだったと思うよ
朝貢時には女王として認められてるんだから九州の卑弥呼
そして九州だから朝貢のやり方を知っており
持ち帰ったものを民に見せることで
さらに九州の卑弥呼すげーてなった

395:名無しさん@1周年
19/07/13 10:40:47.69 gbI1qFxZ0.net
邪馬台国は奈良にあっただけで
本当にすごかったのは引越ししてきた九州の人たちだったんだよ!
九州と畿内は和解しよう

396:名無しさん@1周年
19/07/13 10:45:03.82 KxUNU+o10.net
>>368
古墳はそこいらじゅうに有るぞw
鳴門市の萩原二号墳墓は、まだ古墳時代になる前の弥生時代の墳墓で古墳と呼ばれないけど、
初期の前方後円墳だとされている。

397:名無しさん@1周年
19/07/13 10:47:16.52 gbI1qFxZ0.net
九州衰退後も九州北部に残った王族は苦労していて
民の統制にいろいろ工夫をしてきたと思うんだよね
近畿東海がいきなりきた王を名乗る部外者を受け入れたのには
近畿王と東海王の統制力もあったけど
卑弥呼に謙虚さがあったからじゃないかと

398:名無しさん@1周年
19/07/13 10:48:46.11 i2etOIZY0.net
>>367
正当性はあるし正統性もあるよ
神武は「天羽羽矢」を持ってた
これは王権の正統性を示すもの
「誰から貰ったのか」を記紀では「あえて」書いてない

迎え撃つナガスネヒコも天羽羽矢を持ってた
これはニギハヤヒから渡されたもの
どちらも「同一の文化を共有する共通王権の将軍」だとわかる
共通王権内の配置換え、勢力争いなんだよ
神武は勝手に九州に行ったのではなく、「認められて」九州に行ったわけ
じゃあ誰に?誰が神武に天羽羽矢を渡したの?
と考えれば、答えは簡単で

399:名無しさん@1周年
19/07/13 10:50:07.32 i2etOIZY0.net
>>371
なぜ田舎に引っ越すのか
都会から田舎に女王が政権ごと引っ越した
なぜ?なんのために?
という
そこが説明できないと成立しないよ

400:名無しさん@1周年
19/07/13 10:53:46.69 i2etOIZY0.net
>>385
神武は東征にあたってまず福岡の岡田宮を訪ねてる
この岡田宮の主こそが神武に天羽羽矢を渡して奈良に行くことを許可した「真の倭国王」だろうよ
福岡は金印の出土以来一貫して倭国の最も発展した地域
そこに真の大王がいたんだよ

401:名無しさん@1周年
19/07/13 10:56:38.17 i2etOIZY0.net
>>384
衰退してない
6世紀の磐井の乱で継体天皇に叩かれるまで、
独自の貿易、独自の外交を朝鮮半島と行い、九州は繁栄していた
6世紀においても金属製品の出土で近畿を圧倒してる
金製品、金メッキ製品も九州から大量に出てる
近畿からは少数

近畿がすごいのは古墳のデカさだけ

402:名無しさん@1周年
19/07/13 10:56:43.86 AIUzPnYo0.net
>>387
最初に寄ったのは宇佐な

403:名無しさん@1周年
19/07/13 10:59:08.72 i2etOIZY0.net
>>389
そうなんだけど
東に行くなら福岡寄る必要ないからな
宇佐から東に瀬戸内海進めば良い
それをわざわざ北上して、経路的には行く必要のない福岡に寄っている
この意味を知るべきだね

404:名無しさん@1周年
19/07/13 11:01:08.47 fAtPrBcd0.net
磐井を過剰に評価する人が多いが磐井は典型的な地方豪族で特筆するほどの存在ではない
古墳秩序の買いに属し、朝廷に人質として出仕しているなどその強い影響下にあるのが伺える
雄略天皇以来の大和朝廷の権力の伸長により圧力を受けて反乱に踏みきっただけ
役割としては熊襲への防壁としての緩衝国だったが熊襲の平定がほぼ一段落したことで存在意義を失ったことが危機感を高めたんだろう
出雲、吉備、葛城、武蔵、毛野らの討伐の流れと同じ

405:名無しさん@1周年
19/07/13 11:01:43.89 DGqD70xH0.net
>>387
魏志倭人伝でも普通に畿内と奴国が連合勢力なのをみると、畿内と九州はまぁ何かしら関係性があったんだろうな
恐らく九州と吉備、畿内のラインはわりとツーカーだったんだろうと思っている

406:名無しさん@1周年
19/07/13 11:05:23.17 DGqD70xH0.net
あと、多賀大社はもともと淡路にあったという伝承だったな
天日槍も姫路あたりについて最終的に近江や但馬におちついたが、これは渡来系氏族が瀬戸内海経由で流れてきたということなんだろう

407:名無しさん@1周年
19/07/13 11:06:06.31 AIUzPnYo0.net
九州が5~6世紀に急速に衰退したのは
それまでは半島南部の任那日本府が日本の鉄の供給源になっていて、九州がその利権で繁栄していたが、
出雲でタタラ製鉄が始まると、出雲を支配下にしていた畿内勢力が有利になった。



408:D位性を失った九州勢力は任那を防ぎきれず鉄利権を失い、白村江の戦で壊滅的な打撃を被ってからは畿内勢力の時代になる。



409:名無しさん@1周年
19/07/13 11:06:13.33 fAtPrBcd0.net
むしろ史書や考古学の流れを見れば大和朝廷の集権化と地方豪族の衰退という図式の上にある事件の一つ
これも仁徳天皇の頃から進む大豪族粛清の流れの最終段階
粛清の順番もより中央に近い強大なほうから片付けている
磐井のような地方豪族は後回し

410:名無しさん@1周年
19/07/13 11:06:53.65 i2etOIZY0.net
>>392
古代の同盟といえば、婚姻関係だろうよ
王が息子を他地域に派遣して他の王の娘と結婚させる
この子供が二国の共通の王となる
こうやって国をデカくしていった
問題なのは、王が複数の他国と同様の婚姻関係による同盟を結んだ場合
いろんな場所に、いろんな血縁関係をもった王子王女が乱立して、それぞれが王国の相続権を主張する
だから倭国大乱を「相続争い」と見るのは合理的だよ

411:名無しさん@1周年
19/07/13 11:07:02.70 +w/p63s70.net
>>4
日本神話だと淡路島が一番最初に誕生するんだよな
日本の王族の起源かもしれないね

412:名無しさん@1周年
19/07/13 11:07:49.96 fAtPrBcd0.net
邪馬台国は大和に間違いないが、そこが最古の場所で全てがそこから広がったと言う考えが間違えている
また弥生時代の大和や九州が成長発展して邪馬台国になったのでもない
大和、九州ともに邪馬台国時代にはそれまでの文化が刷新されておりこの両地域は邪馬台国の発祥の地ではない
寺澤薫氏もこの立場に立っている
弥生時代後期後半から東瀬戸内海のクニグニが中心となって、
大和から九州に至る地域をまとめる連合を作り出しその中心地が大和になったと言うのが実態
邪馬台国は大和に中心があるが、その文化的要素はその連合の構成国全てに見出される
多くの地域に邪馬台国に関わる要素が含まれていることが混乱の元になっていると言える

413:名無しさん@1周年
19/07/13 11:09:18.60 AIUzPnYo0.net
>>392
魏志倭人伝には畿内のことは全く記述がない

414:名無しさん@1周年
19/07/13 11:09:30.01 i2etOIZY0.net
>>397
上沼恵美子女王説

415:名無しさん@1周年
19/07/13 11:10:26.23 Mwpc/WsF0.net
弥生時代鉄鏃出土数(鉄鏃とは鉄製の矢じりの事)
東北**1 群馬*21 千葉*63 東京*37 長野*27 石川*55 福井*32
滋賀*13 京都112 大阪*40 兵庫*92 奈良**4 和歌山**5
岡山104 広島*79 山口*97 鳥取*46 島根*30 香川*36 愛媛*25 高知*53
福岡398 佐賀*58 長崎*29 熊本339 大分241 宮崎100 鹿児島**3
鉄製鏃の出土数が多いと言う事は戦争状態であった証拠だが徳島からの出土はゼロ
奈良からの出土も非常に少ない。福岡、熊本、大分がずば抜けて多い
福岡の邪馬台国と熊本の狗奴国が正面衝突して、大分(日田)から狗奴国の側面を
突くように戦った訳だな。

416:名無しさん@1周年
19/07/13 11:11:49.55 DGqD70xH0.net
>>396
個人的には大物主を祀っていた出雲系の王が瀬戸内海連合系の女王にその地位を譲ったものだと思っているけど、どうなんだろうね

417:名無しさん@1周年
19/07/13 11:11:57.51 AIUzPnYo0.net
>>398
魏志倭人伝に邪馬台国は帯方郡から一万二千里と書いてあるから九州以外は不可能

418:名無しさん@1周年
19/07/13 11:12:35.80 +w/p63s70.net
>>391
「磐井(いわい)」っていう名称からして地方の豪族だとは思えない。
神は岩の中にいるという信仰があって
「いわい」っていうのは音的には岩の仲という意味だから
神様って意味だよ
現代でも天皇が参拝する大神神社の神のいる場所は「岩」だし
聖徳太子が信仰していた弥勒菩薩も「岩の中」から生まれた神だよ

419:名無しさん@1周年
19/07/13 11:13:40.95 +w/p63s70.net
>>403
魏志倭人伝に邪馬台国は北部九州から水行30日と書いてあるから北部九州は不可能

420:名無しさん@1周年
19/07/13 11:14:08.33 fAtPrBcd0.net
江田船山古墳の鉄剣を見るとわかる通り古墳が中央秩序の構成員の証であるのは明白
筑後周辺は大和から広まる古墳秩序の下位に属している
地方王としての格も武蔵より下
そもそも朝廷は筑前を直轄化しているので筑後は熊襲への防波堤の意味以上を持たない
熊襲平定が一段落した段階ではその存在意義は低下している
磐井が滅ぼされるのも時間の問題だったというだけの話

421:婆
19/07/13 11:15:41.67 6/b4+FnV0.net
>>389
宇沙都比売が神功ご一行さまをもてなした一柱騰宮(想像図)
URLリンク(www.tohokutreehouse.com)

422:婆
19/07/13 11:16:13.46 6/b4+FnV0.net
↑神武ご一行さまじゃった。

423:名無しさん@1周年
19/07/13 11:18:42.99 ZZaQqOyA0.net
テキストにより
大≒支
海≒馬
邪=耶
壹≒臺


424:名無しさん@1周年
19/07/13 11:19:49.79 AIUzPnYo0.net
>>405
魏志倭人伝は帯方郡の役人が書いたから起点は帯方郡
帯方郡から南に水行20日は投馬国=殺馬国=薩摩国
帯方郡から10日は九州北端。当時は馬も橋もトンネルも無く、前を行く人が見えないくらい草木が生い茂った中を歩いて行ったと書いてある。
九州北端から日田を経由して東側に海がある宇佐に出るのに一月かかった。

425:名無しさん@1周年
19/07/13 11:21:37.62 +w/p63s70.net
>>222
書き間違いじゃなく「台」の字が中国の朝廷をあらわす高貴な言葉になったので
「壱」の字で代用しただけだよ
倭の都市が「市(いち)」と呼ばれていたことも「壱(いち)」の字が採用された理由だよ

426:名無しさん@1周年
19/07/13 11:22:21.39 QB2KQ+lZ0.net
卑弥呼はアマテラスなので
大分生まれの奈良県民です
終了

427:名無しさん@1周年
19/07/13 11:22:31.24 CWaOovzA0.net
>>1
↓コレだね。
『古風土記逸文』※阿波
URLリンク(dl.ndl.go.jp)

428:名無しさん@1周年
19/07/13 11:23:07.36 +w/p63s70.net
>>410
>魏志倭人伝は帯方郡の役人が書いたから起点は帯方郡
これはないわ。こういう中国の学者がぜったい採用しない説を語っても意味ないよ

429:名無しさん@1周年
19/07/13 11:23:59.37 DGqD70xH0.net
>>404
磐井は父方が雄略武烈の系譜だから越前系の継体天皇と対立したのかもな

430:名無しさん@1周年
19/07/13 11:27:53.73 +w/p63s70.net
磐井の乱に関しては
新羅は北部九州の属国で
百済は畿内の属国ってことになってたのに
九州も支配下においていた畿内の王が勝手に新羅領をを百済に分け与えたから
領土問題で争ったんだよ
九州王の血をひいてたのが磐井

431:名無しさん@1周年
19/07/13 11:29:02.96 DGqD70xH0.net
>>406
筑前はかなり早い時期から直轄状態だったと思われる
武力制圧した形跡もないことから、元々筑前の勢力が畿内にいたと考えるのが自然だろう
また、阿蘇等に関しては天皇の王子が婿入りしている

432:婆
19/07/13 11:29:42.67 6/b4+FnV0.net
>>413
おお、ありがとう。
良い時代になったものだ。

433:名無しさん@1周年
19/07/13 11:30:42.71 l2f3qMLe0.net
卑弥呼は肥の国の巫女さんで
肥の国の人やろ。

434:名無しさん@1周年
19/07/13 11:30:49.55 DGqD70xH0.net
>>416
当時は女系社会だから、安曇の系譜に入った磐井が九州の王という考えはあながち間違っていない

435:名無しさん@1周年
19/07/13 11:32:16.32 AIUzPnYo0.net
>>414
帯方郡の役人が九州を起点に報告書を作成するはずがない。
九州起点と全く書いていないし、ずっと帯方郡からスタートしている。

436:名無しさん@1周年
19/07/13 11:35:18.97 Az2r88/C0.net
日本の古代はもともと母系制社会
卑弥呼らしきなんて山ほどいるよ
もし特定したいなら別の基準で見ないとな
単なる村おこしなら遊びとして聞くけどね

437:婆
19/07/13 11:36:41.77 6/b4+FnV0.net
>>418
と思ったが、肝心の>>1の天香久山の話は書いとらんな。
最近になって見つかった逸文なんじゃろか。

438:名無しさん@1周年
19/07/13 11:36:45.29 +w/p63s70.net
>>105
大国魂神は「災害の神様」だから
首都から遠く離れた「災害の神様」の隔離地が阿波だよ
首都・奈良に祀られてるのは「平和と豊穣の神様」の大物主神

439:名無しさん@1周年
19/07/13 11:37:01.65 XpgyiYLgO.net
継体は大伴氏だろ

440:名無しさん@1周年
19/07/13 11:37:43.45 Az2r88/C0.net
面白いよな
日本書紀や古事記を迷信と否定するのに魏志倭人伝は絶対真理にするなんて完全に矛盾している
それが「左翼」の政治工作の限界

441:名無しさん@1周年
19/07/13 11:38:38.34 +w/p63s70.net
>>421
無理。あきらめろ。さすがに本場の中国の学者が採用しない説を採用するのは無理があるよ

442:名無しさん@1周年
19/07/13 11:39:20.54 i2etOIZY0.net
>>416
あーなるほど
任那四県割譲事件か

443:名無しさん@1周年
19/07/13 11:39:32.07 AIUzPnYo0.net
日本の古神道は巫女が太陽と磐座を使って祈祷や占いをするスタイル
纏向のカエルや桃の種を使うのは中国のスタイル
阿波の渦巻き占いは知らんけど

444:名無しさん@1周年
19/07/13 11:40:42.87 +w/p63s70.net
>>426
中国の歴史書はわりと正確っていうのが定説だからな
日本書紀は神話だが

445:名無しさん@1周年
19/07/13 11:41:12.21 Az2r88/C0.net
風土記ってのは「日本書」作成の時に「志」となるべきものの資料を独立させて残したものだ

446:名無しさん@1周年
19/07/13 11:42:47.76 ZZaQqOyA0.net
>>410
奴国不弥国とかは半島にあったのか
確かに韓伝にも奴国不弥国って出てくるけど

447:名無しさん@1周年
19/07/13 11:44:23.00 DGqD70xH0.net
>>429
伊都の県主が神功皇后を同族(天日槍)だと歓迎する逸話が筑前風土記にあるが、そう考えると九州から畿内ルートは渡来系の勢力かもね
この時代に高地性集落と銅鏡の分布が西から東へ遷移する

448:名無しさん@1周年
19/07/13 11:44:36.30 XpgyiYLgO.net
筑紫君磐井
筑紫君薩耶麻

どう見ても、こっちが王統だろ

449:名無しさん@1周年
19/07/13 11:45:34.67 Az2r88/C0.net
>>430
日本書紀が日本書の紀だと知ってるか?
中国の歴史書を真似て作ろうとしたんだよ
でも途中で頓挫した
理由は明らかだけどね
中国の歴史書が正確という根拠は実はない
邪馬台国の記述が証明している
実にいい加減だ

450:名無しさん@1周年
19/07/13 11:45:53.76 rFiSp75y0.net
>>19
モンゴル帝国だって最初は朝貢してた
でもモンゴルが属国だったなんて誰も言わないだろ

451:名無しさん@1周年
19/07/13 11:47:54.16 oGPpqzeM0.net
>>430
中国の史官は殺されても記述を変えなかったとか、あと新王朝が前王朝の歴史をまとめるので、
前王朝の都合の悪いところも全部書くことになるとか、いろいろあるらしいからな
。まあ逆に言えばそれこそ権力者に忖度したこともあるだろうし、新王朝にとって都合の悪いことは
書かなかっただろうけどな。

452:名無しさん@1周年
19/07/13 11:48:21.39 DGqD70xH0.net
>>434
ちなみに磐井の息子は許されている
女系社会だから子孫は安曇族という扱いだったんだろう

453:婆
19/07/13 11:48:54.95 6/b4+FnV0.net
>>435
「紀」といいながら中身は編年


454:体だもんね。



455:名無しさん@1周年
19/07/13 11:50:24.92 DGqD70xH0.net
記紀は色々な話をまとめちゃったから、恐らく同じ事績だと思われることが何度も出てきたりするな

456:名無しさん@1周年
19/07/13 11:51:21.85 AIUzPnYo0.net
記紀で天皇家の始祖達同士が焼き殺したりマンコ突いたりキチガイ人種に描いているのは、日本人じゃないから。と思わない?
普通、勝者の作り話は、自分達の祖先をめちゃくちゃ立派に書くでしょ。

457:名無しさん@1周年
19/07/13 11:52:32.46 prbebl/f0.net
>>382
ありえねぇはなし、そんなとこが中国と交流するわけがねぇ

458:名無しさん@1周年
19/07/13 11:53:55.48 prbebl/f0.net
女王国であることを否定するのは渡来人

459:名無しさん@1周年
19/07/13 11:54:43.73 XpgyiYLgO.net
筑紫 君 磐 耶麻
大王、天皇とかに繋がるシンボリックなものじゃんかよ
天の岩戸とか耶麻とかヤマトだろ?
君が代は筑紫の君のことだろ
中大兄皇子とか意味不明じゃねえか

460:名無しさん@1周年
19/07/13 11:58:01.90 ZZaQqOyA0.net
日本紀のつぼね

461:名無しさん@1周年
19/07/13 11:58:10.86 RqojACqT0.net
>>441
記紀は天武朝によるプロパガンダ史書だから、天智天皇以前の皇族を(弘文天皇も含めて)貶め、天武朝を正当化しようとする傾向が随所に見られる。

462:名無しさん@1周年
19/07/13 11:59:26.02 fAtPrBcd0.net
君ってのは古い姓
皇族の支流で地方を治めることになった人に与えられるも
磐井は諸説あるけど大彦命の後裔とかそういう系統なので君がついてるだけ
別に王様とかいう意味じゃない

463:名無しさん@1周年
19/07/13 12:00:16.78 PcmWIPiJ0.net
>>2
平成の御代に、シティーヘブンという名に変えて、コンビニの本棚で売られていたな。

464:名無しさん@1周年
19/07/13 12:00:18.62 XpgyiYLgO.net
だからそっちが後付けなんだよ

465:名無しさん@1周年
19/07/13 12:01:56.83 VBU9datX0.net
畿内だ九州だの卑弥呼つまり邪馬台国はフェイク卑弥呼であり邪馬台国
本物の卑弥呼であり邪馬台国は今の徳島
論破

466:名無しさん@1周年
19/07/13 12:02:10.43 Az2r88/C0.net
>>440
中国式の「書」は滅亡した後に描かれる
つまりその王朝の顛末だ
だか日本書を作成しようにも「帝」の世は終わっていない
いつまでたっても終わらない事業になってしまう
頓挫したのはその辺の理由だと思っているけどね
最初は単にこれまでの歴史を明文化したいってことだったのだろうから
あえて「書」の形態を捨て「古事記」と「風土記」にしたんだと思う
まあもったいないからというかそっちの関係者が日本書紀も残したんだろ
だから「続日本紀」なんてのができたんだろ
まあ私見だがね

467:名無しさん@1周年
19/07/13 12:02:26.90 DGqD70xH0.net
君は有力氏族に大王からおくられたカバネ(姓)だよ
恐らくは安曇族に与えられたもの

468:名無しさん@1周年
19/07/13 12:03:22.39 XpgyiYLgO.net
徳川と松平と源氏みたいなトリックだろ

469:名無しさん@1周年
19/07/13 12:04:11.66 EdHqTC4z0.net
池田高校も邪馬びこ打線と言われたからな

470:名無しさん@1周年
19/07/13 12:04:45.98 fAtPrBcd0.net
上でも書いたように筑前筑後の状況を見ればここは大和の中央権力の下位に従う勢力であることは明白
一番重要な筑前は古来朝廷の直轄地として存在していて、
古墳の在り方や鉄剣の出土からして筑後が地方王に自治を与えられた場所であると見て取れる
記紀の「君」として扱われているのはとても妥当なものだといえる
過剰なくらいに磐井を評価する人が何故か多いが朝廷に滅ぼされた地方王以上のものではない

471:名無しさん@1周年
19/07/13 12:08:49.69 fAtPrBcd0.net
景行天皇の遠征を見ると筑後は通過して地方の神を確認しただけで通過している
熊襲との直轄地の筑前を隔てる場所として地元の有力豪族�


472:ノ自治をゆだねた様子が見える これはただの伝説ではなく、実際の当地の発掘物などから弥生時代からのちの時代まで大和の強い影響が出ていることかそれがわかる ここにいたのは独立した日本を代表する国ではなく、中央に属する地方王であるといえる



473:名無しさん@1周年
19/07/13 12:09:06.52 I8ZJjiKO0.net
邪馬台国は九州に会った朝鮮族の王朝
ヤマト王権に追いやられて半島に撤退した

474:名無しさん@1周年
19/07/13 12:10:53.88 prbebl/f0.net
大和朝廷は時代が違うからな、存在してない発想が渡来人だし。
畿内説ってそのレベルのパターンなの?

475:名無しさん@1周年
19/07/13 12:11:40.11 XpgyiYLgO.net
景行なんか実在してねえよ

476:名無しさん@1周年
19/07/13 12:11:53.32 fAtPrBcd0.net
阿蘇の神は神八耳命、八女の一族は大彦命系の人間が当たっている
双方ともに地方の服属させた地域に用いられる典型的な人物
やはり当地の考古学的な発見と史書の記述が合致している
むしろこの土地に謎なんて何もないのがよくわかる

477:名無しさん@1周年
19/07/13 12:12:26.51 prbebl/f0.net
大和朝廷が渡来人の王朝
九州は真の日本人が守ってたの。
で渡来人に滅ぼされた。
日本民族を成立させるための、願望で語ってるでしょ。

478:名無しさん@1周年
19/07/13 12:12:50.94 HNq1/fTm0.net
邪馬台国は貴方の心のなかにあります

479:名無しさん@1周年
19/07/13 12:12:51.90 l2f3qMLe0.net
筑後の南は鉄が多いところだが
そこの鉄は畿内には行ってないよね。

480:名無しさん@1周年
19/07/13 12:13:21.08 Az2r88/C0.net
>>457
その時代に朝鮮族も日本族もない
古墳も銅鐸も半島列島の広域に存在する
「国」を作るほどの文明になっていない
地方豪族の時代
卑弥呼も決して「女王」などではない

481:名無しさん@1周年
19/07/13 12:16:29.02 prbebl/f0.net
法王は王とはいわねぇよぐらいあほなりくつ振りかざすやつまでいる。

482:名無しさん@1周年
19/07/13 12:17:08.55 l2f3qMLe0.net
法王って宗教上のトップかね?

483:名無しさん@1周年
19/07/13 12:18:05.52 prbebl/f0.net
文明とかじゃねぇよ、人を集めるだけの生産力が土地にあればいいんだから。
適当なこと言ってんじゃねぇぞ。

484:名無しさん@1周年
19/07/13 12:20:23.52 ljnnqQ/U0.net
>>407
子供の頃にこういう木の上に家作るの夢だったわ

485:名無しさん@1周年
19/07/13 12:20:29.08 AIUzPnYo0.net
>>457
邪馬台国はコテコテの南洋系海人族
半島行ったら簡単に凍死出来る

486:名無しさん@1周年
19/07/13 12:22:38.91 prbebl/f0.net
>>466
マジで聞いてるのか?
宗教上と政治上の区別なんかあるわけねぇだろ。
法王=天皇だけど、それはこの国の成り立ち方において区別するためそう呼んでるだけでさ。

487:名無しさん@1周年
19/07/13 12:25:52.08 niXqw1yP0.net
古代の人は卑弥呼萌えや壱与萌えで支配されてたのか

488:名無しさん@1周年
19/07/13 12:27:18.90 g+u7lS79O.net
スサノオは、新羅の土地の名出身で十種の神宝なんて十個の卵だから。ににぎは新羅でにぎはやひは新羅の速日にしかんだからな。

489:名無しさん@1周年
19/07/13 12:29:03.63 ulXkGF740.net
>>426
ほんとそれ!
そもそも距離が大雑把すぎて、正確な場所なんか分かるわけない

490:名無しさん@1周年
19/07/13 12:29:15.69 AIUzPnYo0.net
>>471
イトは13才
イヨは16才

491:名無しさん@1周年
19/07/13 12:30:06.06 l2f3qMLe0.net
>>471
実際男王より台与タン萌のほうが
国が収まったらしいから。

492:名無しさん@1周年
19/07/13 12:31:13.15 OUDiC/w30.net
最近、四国説がよく上がってくるなw
毎回、上げてるの同じやつだろ?

493:名無しさん@1周年
19/07/13 12:42:43.96 i2etOIZY0.net
>>456
仲哀天皇と神功皇后の遠征では
仲哀は九州の地元の神(権力者)に殺されて、
その後に神功皇后とその神が協力して朝鮮半島遠征に向かってるぞ

494:名無しさん@1周年
19/07/13 12:55:14.85 DGqD70xH0.net
どうも畿内説の中には畿内が九州を征服して服属させたと言いたがる人が多いんだけど、物証的に苦しいんだよね
北部九州には中国から畿内に多数あった高地性集落がないし、邪馬台国の時代以降も北部九州は反映している
戦いがなかったのに北部九州勢力が畿内とつながっているのは別の理由があると考えた方がいい

495:名無しさん@1周年
19/07/13 12:56:00.95 DGqD70xH0.net
>>476
昔から熱心な阿波説論者がいるw

496:名無しさん@1周年
19/07/13 12:58:44.65 CWaOovzA0.net
>>423
「アマノリト山」のことらしい。
『古風土記逸文』※阿波 アマノリト山
URLリンク(dl.ndl.go.jp)
「アマノリト山」の記述は大和風土記と伊予風土記にもあるらしい。
『古風土記逸文考証』※阿波 アマノリト山
URLリンク(dl.ndl.go.jp)

497:名無しさん@1周年
19/07/13 12:59:28.14 g+u7lS79O.net
13才というのは3韓倭人では重要な要素だから、それを奈良がコントロールしてるなんてあり得ない話。奈良はカムイ土着民の都。

498:名無しさん@1周年
19/07/13 13:01:27.14 cpGwpJpI0.net
>>476
@阿波
というアホがいるよ

499:名無しさん@1周年
19/07/13 13:04:56.42 +GqK7k680.net
>>482
アホはお前!
消えろ!

500:名無しさん@1周年
19/07/13 13:05:48.68 cpGwpJpI0.net
>>483
なんだ、本人か。。。

501:名無しさん@1周年
19/07/13 13:06:58.56 ZZaQqOyA0.net
アホンダラケのミコト

502:婆
19/07/13 13:07:33.50 6/b4+FnV0.net
>>480
おお、重ね重ねありがとう。
つか、縦書きの本なのにページめくりは右矢印だったのね。
一生懸命ページを遡ってた…orz

503:名無しさん@1周年
19/07/13 13:08:25.92 DGqD70xH0.net
>>483
本人発見w

504:名無しさん@1周年
19/07/13 13:09:44.37 mGlCZyIJ0.net
仲哀神功遠征のプレイヤー
仲哀=ヤマトの王子、しかし危険地域に派遣される非有力王子、熊襲討伐の手柄を立てて有力王子になりたい
神功=新羅からの難民が土着した豪族である息長氏の娘、故郷新羅の奪還は実家氏族の夢
九州の神(有力者)=熊襲とも仲が良い、ヤマトとも仲が良い、ヤマトの九州進出の案内と相談役

仲哀、神功が九州到着
→九州の神と熊襲討伐について話し合い
→九州神は内心では熊襲を守りたい、だから矛先を新羅へとずらそうとする
→九州神の考えに、息長氏の娘である神功は同調、仲哀を説得しようとする
→仲哀はあくまで熊襲討伐にこだわる
→九州神が仲哀を暗殺
→九州神の部下である武内宿禰をお供につけて神功は朝鮮半島遠征

505:名無しさん@1周年
19/07/13 13:12:54.52 mGlCZyIJ0.net
朝鮮半島遠征に成功
手柄を持って神功は奈良に帰国する
朝鮮半島の征服地の統治実務は九州神の部下達が担うことに
これにより任那は二重統治の状態になり、その後の混乱の背景となった
任那四県割譲事件、磐井の乱、白村江の戦いなど

506:名無しさん@1周年
19/07/13 13:17:25.14 prbebl/f0.net
正確ではない事実について書いた書と、ただの小説を比較してるバカは何だろうな。

507:婆
19/07/13 13:18:16.91 6/b4+FnV0.net
>>480
なるほど、「欠く山」→「香久山」か。
記紀風土記の地名伝承って、中年オヤジが居酒屋で考えたとしか思えんw

508:名無しさん@1周年
19/07/13 13:19:12.48 ZZaQqOyA0.net
土器編年のやり直し
古墳編年のやり直し
炭素14編年のやり直しw
記紀編年のやり直しw
が必要

509:名無しさん@1周年
19/07/13 13:22:28.34 ZZaQqOyA0.net
いつもわからないのは
「同じ形式は同じ時代」というやつ
同じ形式であっても、相対的に早く生まれて広まった地域と、後れて受け入れた地域があるはず
また、リバイバルすることはなかったのか
素人の疑問

510:名無しさん@1周年
19/07/13 13:23:10.58 prbebl/f0.net
>>478
は?生活様式によるだろ。
なんで平地と有明海でそうなるかな?

511:名無しさん@1周年
19/07/13 13:37:14.90 MIap66PF0.net
>>493
もちろんそういう可能性はあるよ
出土品の分布は同じものがでれば出ない地域よりは交流があった可能性が高くなるというだけ
なんか違う理由が有っても


512:おかしくはない



513:名無しさん@1周年
19/07/13 13:46:41.67 XkMP2+St0.net
>>479
邪馬台国阿波説の鏑矢は、昭和39年に保田兵治郎が発表した「邪馬台国阿波在国説」であろうと思う。
その後、昭和49年に堤高数氏が「邪馬台国は阿波だった」という小説を発表して、一時注目された。
さらに、阿波1国に限定しない「邪馬台国四国山上説」を岡山県出身の郷土史家・大杉博が、昭和60年ごろからさかんに主張していた。
剣山の失われたアーク同様、四国にまつわる「古くて、しかも新しい問題」ではあるな。

514:名無しさん@1周年
19/07/13 13:50:23.75 YWqtWPPB0.net
>>491
漢字の当て字から改名ってのは割と多いからね
うちの地域だと平家関係で内裏って地名があったんだが江戸時代中期だったかに内裏は恐れ多いからって大里に変わった

515:名無しさん@1周年
19/07/13 13:54:17.89 DIrglCXF0.net
徳島はやたらと古墳が集中してあるらしいな。古墳=権力者?

516:名無しさん@1周年
19/07/13 13:56:12.93 ItBhnLZq0.net
卑弥呼は阿波踊りしながらうどんと鰹のたたきとみかんを食べていた説

517:名無しさん@1周年
19/07/13 13:57:30.46 EouGuutC0.net
ヒミコ0はクレオパトラベースで
淡路の将軍と国の命運を賭けたラブストーリー、戦争、マムシで自殺・・・!!

518:名無しさん@1周年
19/07/13 13:58:20.37 EouGuutC0.net
ちょっと華やかさに欠けるね

519:名無しさん@1周年
19/07/13 14:00:41.88 Wk0vxNdP0.net
>>493
1つ2つの土器の共伴で判断してるわけじゃない
型式変化が早い地域、遅い地域もあり、それも全部考慮されてる

520:名無しさん@1周年
19/07/13 14:00:57.23 YWqtWPPB0.net
>>498
逆に言えば古墳を作れる程度の豪族が割拠しててまとまりがなかったんだと思う。
古墳が権力の象徴って共通意識と情報交流や交易は瀬戸内通じてあったわけで、律令制度後ほどはど田舎ではなかっただろうし

521:名無しさん@1周年
19/07/13 14:11:50.08 AKxhYPl/0.net
また桃か?

522:名無しさん@1周年
19/07/13 14:17:08.62 prbebl/f0.net
畿内説とか、土地のことを全く考えない渡来人の発想だわ。

523:名無しさん@1周年
19/07/13 14:18:56.96 McgqciSp0.net
いよが疎開で何年かいってたとこかな
古代は年齢によって名前の読みが変わるので面倒くさいんじゃ

524:名無しさん@1周年
19/07/13 14:21:12.86 zAAQO6da0.net
>>22
あれは狂気を感じるレベルの大偽書だからな

525:名無しさん@1周年
19/07/13 14:21:15.75 XGSVDfDG0.net
>>1
国生み神話と邪馬台国って直結しないと思うんだけどなぁ…
全体からして無理がある

526:名無しさん@1周年
19/07/13 14:24:02.38 M5ffSdNS0.net
「明史日本伝」
日本は古来より王がおり、臣下では関白という者が最も尊いとされ
山城州の頭目、信長がこれになっていた。
ある日信長が猟に出ると木の下で眠る者がおり、跳ね起きて衝突しそうになった。
何者かと問い詰めると、名を平秀吉と言い薩摩州の奴隷で、雄健ですばしっこく口が上手かった。
信長はこれを悦び、馬の管理をさせ、「木下人」と名づけた。
後に重用され、信長のために策を尽くし、二十余州を切り取り、摂津州鎮守大将となった。
参謀に阿奇支なる者がおり、罪を得て、信長は秀吉にこれを討たせた。
にわかに信長は部下明智に殺される所となり秀吉は阿奇支をまさに滅した時に変を


527:聞き 部将行長らと共に勝ちに乗じて兵を還し、明智を誅したので威名は益々振るった。 信長の三子を廃し、関白を僭称し、信長の衆をことごとく収めたのが万暦十四年である。 「魏志倭人伝」もこのレベルだよ(邪馬台国 w)



528:名無しさん@1周年
19/07/13 14:27:33.29 cpGwpJpI0.net
>>509
なるほど、
全体的にみるとだいたい合ってるけど、
細かいところは全然違うなぁ
これよりも1000年古い魏志倭人伝なんだから正確性は期待できるわけないよな

529:名無しさん@1周年
19/07/13 14:39:00.85 BULvKB1p0.net
>>509
うわ~ なんかそれっぽい文体ですてき こういうのさらっと書けるの憧れるわ

530:名無しさん@1周年
19/07/13 14:43:07.96 ZZaQqOyA0.net
もちろん後漢書にも様々な誤解が含まれてる

531:名無しさん@1周年
19/07/13 14:43:30.94 ZZaQqOyA0.net
隋書はいうまでもない

532:名無しさん@1周年
19/07/13 14:45:23.32 qNiT3tV00.net
>>336
阪神高速湾岸線から西を見れば明石大門(あかしおほと)に架かる
明石海峡大橋の向こう側に沈む夕日が見える時がある。
留火之 明大門尓 入日哉 榜将別 家當不見
留火(ともしび)の 明石大門(あかしおほと)に入らむ日や
漕(こ)ぎ別れなむ 家(いへ)のあたり見ず(万 巻2 254番)
西国の田舎からヤマトへ帰ってくる時の歌
天離る 鄙(ひな)の長道ゆ 恋ひ来れば 明石の門より 大和島見ゆ  巻3-255
天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭(ヤマト)嶋所見 [一本云 家門當見由]
この歌のキーワードとして雑歌,作者:柿本人麻呂,羈旅,望郷,兵庫,地名,枕詞
が挙げられている。
夷=ひな は田舎という意味 魏志倭人伝に云う「夷守」と同じ
当時新羅の使者を接待した太宰府はド田舎だと云ってるwww。
倭(ヤマト) 天平宝字元年(757)以降は「大和」と書かれるようになった。
全く同じ短歌が訓仮名を交えること無くすべて音仮名で書き表されたのが次
麻射可流 比奈乃奈我道乎 孤悲久礼婆 安可思能門欲里 伊敝乃安多里見由
天離る鄙の長道を恋ひ来れば明石の門より家のあたり見ゆ(万第十五巻15-3608)
この歌のキーワードは遣新羅使,天平8年=736年,年紀,古歌,誦詠,異伝,柿本人麻呂,羈旅,地名,明石,兵庫,望郷,転用

533:名無しさん@1周年
19/07/13 14:50:34.71 qNiT3tV00.net
>>464
邪馬台国を滅ぼしたのが朝鮮系の神武一党だろ
九州説では

534:名無しさん@1周年
19/07/13 14:51:03.69 ZZaQqOyA0.net
道と門と見は訓仮名だな
どうでもいいことだが

535:名無しさん@1周年
19/07/13 15:03:54.39 KxUNU+o10.net
>>496
大杉氏は論理が飛躍しすぎていて、何回読んでも納得できないのが残念。

536:名無しさん@1周年
19/07/13 15:06:29.57 DGqD70xH0.net
>>515
畿内説の一つとして、出雲の国譲りの話は大物主を信仰していた男王が九州吉備系の女王(天照)に国を譲って�


537:、立したというのもある



538:名無しさん@1周年
19/07/13 15:10:09.40 XkMP2+St0.net
>>517
読み物としては面白いんだけどねーw
大杉の説に従えば、俺の実家はのまさに葦原中国の中心地域に建ってることになるんだが、何にもないただの田舎だぜ

539:名無しさん@1周年
19/07/13 15:13:27.44 qNiT3tV00.net
>>469
饒速日ビギハヤヒは天の磐舟に乗って大和に降臨=渡来した
ポリネシア、ミクロネシア系縄文人もしくは弥生人。
アマっていうのはミクロネシア諸語でカヌーの転覆防止用に船体と直角に
横に張り出した棒の先端に取り付けたfloat浮きのこと。
URLリンク(ja.wikipedia.org) アウトリガーカヌー参照
(h)URLリンク(detail.chiebukuro.yahoo.co.jp)
磐舟のイワはハワイ語で軍艦鳥Frigatebirdのこと。

540:名無しさん@1周年
19/07/13 15:36:08.05 zolPxPKb0.net
ひるこ様は長男じゃないのか?

541:名無しさん@1周年
19/07/13 15:46:07.35 IGCclCCS0.net
>>478
卑弥呼が死んで九州倭国連盟が再編になって九州北部の国々は近畿ヤマト連合に吸収合併された
九州倭国内部の大国であった伊都国や奴国を中心として、近畿ヤマト連合に参加した国々は筑紫国となった
最期まで抵抗をつづけた勢力は土蜘蛛として討伐された
その勢力がいた場所は山門とか言われてた場所かもしれない

542:名無しさん@1周年
19/07/13 15:51:22.43 jrGFuX2D0.net
>>407
鬼太郎ハウス!

543:名無しさん@1周年
19/07/13 16:16:50.53 ulXkGF740.net
魏志倭人伝の1000里だの100里だのってアテにならないね
あんな時代に正確な測量できるわけないんだから
ものすごく適当に書かれてると思うよ
だから実際は九州でも畿内でも四国でもないかもしれない
全く別の場所だよきっと

544:名無しさん@1周年
19/07/13 16:36:05.25 s86/ps1p0.net
邪馬台国は微妙だが天皇家のルーツは間違いなく徳島

545:名無しさん@1周年
19/07/13 16:42:02.54 zZfBWBTv0.net
延喜式祝詞の祈年祭の最後に忌部について触れられている
辞別きて、忌部の弱肩に太多須支取挂けて、持由麻波利仕へ奉れる幣帛を、神主・祝部等受け賜りて、事過たず捧げ持ちて奉れと宣る。

546:名無しさん@1周年
19/07/13 17:48:40.67 Q8FQoRBS0.net
>>450
はい、バーカ!w

547:名無しさん@1周年
19/07/13 18:21:11.88 qNiT3tV00.net
>>96
>巻向遺跡は・・・
>高床式の遺構ばかりで竪穴式の遺構が出てこないから・・・
饒速日ニギハヤヒが率いる物部氏などの先祖は
高床式建物で有名なパプア・ニューギニアから出発してマレーシア、ベトナム
(h)URLリンク(www.ab-road.net)
を経由して黒潮に乗ることに成功し
熊野もしくは紀伊水道、茅渟の海(=大阪湾)経由で大和に入った。
縄文人は中国人や東南アジア人より古い原始アジア人である
(h)URLリンク(imgur.com)
高床式建物は熱帯地方の高温多湿の地面から上がってくる水蒸気で
木造の建物が腐らないようにするための知恵だ。
神明造りの神社も高床式、正倉院も高床式。
高床式は夏に高温多湿となる日本の気候にマッチしている。
シンガポールの郊外東海岸の高層フラット=日本で言うマンションのグラウンド・フロアーは
吹き抜けで階段で1mほど登った処にエレベーターの入り口がある。
グラウンド・フロアーの吹き抜けは冠婚葬祭の会場として利用される。
朝鮮半島に熱帯、亜熱帯系高床式の建物があったらソースを貼り付けて呉れ。

548:名無しさん@1周年
19/07/13 18:25:20.01 U6m4Igfb0.net
邪馬台国論争収束どころかどんどん発散中
九州
奈良
滋賀
吉備
阿波 ←今ここ

549:婆
19/07/13 18:33:01.08 6/b4+FnV0.net
>>497
なるほどなあ。
「地名は言葉の化石」とか言うけど、こういう「良かれと思った」変更が厄介だ。
前に住んでた新潟には「飛田(ひた)」という地名があるけど、どうやらその由来は
奈良時代に全国の国分寺に併設された悲田院らしい。
「悲」の字を嫌ったんだろうけど、後世の人が見たらわけわからんw
>>511
突っ込まないぞw

550:名無しさん@1周年
19/07/13 18:44:59.44 b+MnzPgm0.net
旧唐書には、日本について
中国で伝承されてきた内容を記した「倭国伝」と
遣唐使を送ってきた大和政権が説明した内容を記した「日本国伝」の
2つの記述が書かれている
中国で伝承されてきた内容を記した「倭国伝」では、聖徳太子が派遣した遣隋使「小野妹子」の帰国に同行して
608年に大和に来た隋の「裴世清」が奈良のことを「邪靡堆を都としており魏志の邪馬臺である」と述べているように
奈良の天皇を頂点とする大和政権は、【親魏倭王】の末裔であるという認識だ
一方、遣唐使の帰国に同行して、632年に大和に来た唐の「高表仁」に、
【皇極天皇】「天豊財重日足姫尊(あめとよたからいかしひたらしひめのみこと)」が自ら説明した内容を記した「日本国伝」によると、
初代の国王は、高天原に生まれた天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)
32代目の国王の「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」までは九州の筑紫城に住んでいたが
「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)」の【第4皇子の神武】が、大和にあったアマテラスの国、親魏倭王の「邪馬台国」を滅ぼして、大和に移り住んでのっとった
我々天皇を頂点とする大和政権は九州の海神の国「狗奴国」【漢委奴国】の末裔であるという認識だ

551:婆
19/07/13 18:49:33.72 6/b4+FnV0.net
>>528
そいや、新羅で高床式の家形土器が出土したとどっかで聞いた気がしてググったら、
URLリンク(books.google.co.jp)
が出て来た。これのp290ね。
こっちはたぶん中国南部からの伝搬だが、実は北方の
ギリヤークあたりでも高床式倉庫はあって、こっちが伊勢神宮の
神明造りの祖だとする説もあったらしい。
>>529
三河説が入っとらんぞ。やりなおし。

552:名無しさん@1周年
19/07/13 18:51:55.35 lIUCJExm0.net
なるほど 今まで見た中で一番説得力があるわ

553:名無しさん@1周年
19/07/13 19:03:28.62 Fx2YfkhT0.net
>>529
さきたま古墳邪馬台国説

554:名無しさん@1周年
19/07/13 19:04:23.39 b+MnzPgm0.net
>>531 つづき
中国で伝承されてきたように【親魏倭王】邪馬台国の末裔だと思ってやってきたのに、邪馬台国と戦争していた【漢委奴国】狗奴国の末裔の国だったんだから
そりゃあ、唐の使者の「高表仁」は、大和政権と口論となるし、あわてて唐に帰国するはずだ

555:名無しさん@1周年
19/07/13 19:51:12.18 YRdtx2jc0.net
樽悶はいい加減に邪馬台国スレをたて続けるのやめれって

556:名無しさん@1周年
19/07/13 19:55:00.73 CC/dVKVP0.net
四国、阿波説が好きならこっちに書いてこいよ
邪馬台国四国説 part3
スレリンク(history板)
バカの立てたスレだが、客が来ると喜ぶぞww

557:名無しさん@1周年
19/07/13 20:05:54.37 R2+gOzNL0.net
>>536
需要があるから建てたスレがすぐ埋まる
何が問題?

558:名無しさん@1周年
19/07/13 20:27:16.89 Mwpc/WsF0.net
三種の神器とは剣、鏡、勾玉の事を指し
.弥生時代後期に副葬品として三種の神器が全部揃って出土した古墳は総て福岡都市圏で
吉武高木遺跡(福岡市西区)三雲南小路遺跡(糸島市)井原遺跡(糸島市)
須玖岡本遺跡(春日市)平原遺跡(糸島市)の五カ所のみ。
古墳時代になったら奈良の遺跡でもようやく三種の神器が出土するようになった。

559:名無しさん@1周年
19/07/13 20:39:34.84 0uNzfRVf0.net
>“柑橘類のある土地であった”
>>1の椿町の近くに橘町があるねw 偶然だろうけどw

560:名無しさん@1周年
19/07/13 20:42:29.08 HgZPD2QA0.net
天皇家のルーツが阿波の方がインパクトあるな

561:名無しさん@1周年
19/07/13 20:44:26.71 ulXkGF740.net
柑橘系の土地といえば四国か和歌山だわな

562:名無しさん@1周年
19/07/13 20:45:14.16 9k7N9/+e0.net
比喩と妄想は違うぞ。
こんな話間に受けた研究する内容でもない。
きっちり遺跡を調査して物証から真実を見極めろ

563:名無しさん@1周年
19/07/13 20:50:50.80 ZlqE6Ssf0.net
ゴッドハンドが決め手何になるなw

564:名無しさん@1周年
19/07/13 21:05:27.17 Mwpc/WsF0.net
君が代の君とは天皇の事を指している訳では無く、福岡市東部を支配していた安曇族の
支配者安曇家を指している。君が代の元歌は志賀海神社の山誉め祭りの中で歌われている
志賀海神社と安曇族、安曇氏は天皇家にも仕えていたから天皇家がこの歌を気に入って
使いだしたのだろう。

565:名無しさん@1周年
19/07/13 21:09:45.37 U0LMC3Wi0.net
>>545
??ただのラブレターだろ、それも古今調の

566:名無しさん@1周年
19/07/13 21:13:44.22 pNbsP5Ys0.net
> しかも、不気味なことに、この遺跡の周辺には、ヒルコ神社が二十数箇所鎮座しているのだ
妖怪ハンター稗田礼二郎の出番か!?

567:名無しさん@1周年
19/07/13 21:13:54.54 g+u7lS79O.net
大体4つ国は、山が険しく瀬戸内沿いまで切り立ったとこで霧も深く空を見るには不適切な場所であり、何より徳島というのは大阪に近いもんで矢鱈商売っ気が強いだけの島流しの場所。

568:名無しさん@1周年
19/07/13 21:14:17.80 KxUNU+o10.net
>>534
時代が合わんでしょ。

569:名無しさん@1周年
19/07/13 21:33:33.09 qNiT3tV00.net
>>510
後漢書東夷伝を無視して
原典版魏志倭人伝じゃない宋版魏志倭人伝を盲信する九州バカが世の中を騒がせる

570:名無しさん@1周年
19/07/13 21:36:44.58 qNiT3tV00.net
>>507
古田教に感染した連中は今でも偽書だと認めないオカルト派

571:名無しさん@1周年
19/07/13 21:41:57.73 qNiT3tV00.net
>>524
邪馬台国はインドネシアのJava島にあった・
邪馬はジャバと読むのが正しい

572:婆
19/07/13 22:10:41.37 6/b4+FnV0.net
>>547
面白いなあ。
ヒルコ(エビス)神といえば、タブーを


573:犯した因果で産まれた不具の子だけど、 同時にアハシマ(あわしま)も産まれて、これも無かったことにされているんだよね。 一般的な解釈では「粟のように小さい島」なんだけど(ちなみに新潟県に実際に その名の島があるが、たぶん無関係)、これが阿波と結びつくのは不自然じゃない。 ところがその粟島神社も淡島神社も徳島では薄くて、同じく遺棄された兄弟の ヒルコ神の方を祀る社が多いと。



574:名無しさん@1周年
19/07/13 22:48:01.31 ZZaQqOyA0.net
>>550
原典版後漢書を見たんか?

575:名無しさん@1周年
19/07/13 22:58:09.24 B2+7LHW50.net
>>549
ボケつぶしいくない

576:名無しさん@1周年
19/07/13 23:14:40.44 ZZaQqOyA0.net
隋書だって「倭」国とは彫ってないしな

577:名無しさん@1周年
19/07/13 23:15:16.32 qNiT3tV00.net
>>554
URLリンク(29.pro.tok2.com)
↑の右ページ3行目から東夷伝倭の条が始まる。
左ページ終わりから2行目下から5字目
自女王國東度海千餘里至拘奴國 雖皆倭種而不屬女王 自女王國南四千餘里至侏儒國・・・
拘奴國=狗奴國が女王國の東の海を渡って千里の処にある
というのが宋版三国志魏志倭人伝と違う処。
URLリンク(29.pro.tok2.com)

578:名無しさん@1周年
19/07/13 23:31:18.21 ZZaQqOyA0.net
>>557
それいつのだよ
20世紀の印刷本かなんかじゃないのか?
聞いてるのは「原典」だ

579:名無しさん@1周年
19/07/13 23:35:55.20 myQ0wkVa0.net
>>538
九州のゴミ朝鮮人に需要があるだけだろ
死ねよアホボケカス

580:名無しさん@1周年
19/07/13 23:56:04.87 BSBPNWPQ0.net
邪魔大王国

581:名無しさん@1周年
19/07/14 00:09:31.05 RmfFzhvX0.net
しねぇっ

582:名無しさん@1周年
19/07/14 00:13:51.59 64ucNOeV0.net
>>1
どこいっきょん?

583:名無しさん@1周年
19/07/14 00:47:36.33 N2FM7TnzO.net
近畿なら魏史倭人伝に、人間の姿をしているが、で始まってんだよ。

584:名無しさん@1周年
19/07/14 01:37:55.26 R2XxCRNI0.net
倭 在帯方東南大海 中、依山島為国 。(魏略)
倭人在帯方東南大海之中、依山島為国邑。(魏志)
帯方より女 国に至る万二千余里。(魏略)
郡より女王国に至る万二千余里。(魏志)
自帶方至女国万二千余里(太平御覧・倭条)
百女国以北其戸数道里可得略載(翰苑)
自女三國以北其戸數道里可得略載(紹興版本魏志倭人伝)

と中国の歴史書なんかテキトーに孫引きして
もともと酷いシロモノだからな
こんなシロモノに書いてある数字をいちいち正確に真に受けるほうが
どうかしてるからな

つまり魏志倭人伝の数字をまにうけてるヤツは池沼

585:名無しさん@1周年
19/07/14 01:49:38.84 UX1BUAJC0.net
その魏略はどの本です見たんだよ

586:名無しさん@1周年
19/07/14 01:50:13.66 UX1BUAJC0.net
本です→本で

587:名無しさん@1周年
19/07/14 02:45:25.58 snkp7PMV0.net
わしが書いたから間違いないよ

588:名無しさん@1周年
19/07/14 03:47:32.37 EAKibEyf0.net
卑彌呼がほなけん言ってたかと思うとなんかねえ…

589:名無しさん@1周年
19/07/14 05:09:42.28 XGKbp6KD0.net
>伊予が卑弥呼の後継者「いよ(壹與)」と同じ発音
おいおい、阿波風土記は古田 武彦が溺愛した12世紀の改竄版魏志倭人伝を見て書いたのかよ
阿波県民の思考回路は時代考証が出来ない朝鮮人とそっくりじゃないかwwwww

590:名無しさん@1周年
2019/07/1


591:4(日) 05:46:19.48 ID:XGKbp6KD0.net



592:名無しさん@1周年
19/07/14 05:50:55.29 kVnfydc30.net
>>531
この天皇が説明した内容ってどこにあるの
wikisourceの旧唐書見ても無いんだけど

593:名無しさん@1周年
19/07/14 06:37:52.46 Yz0HtAod0.net
>『徳川実紀』「常憲院殿御実紀」巻39元禄12年4月29日条を読め
この『徳川実紀』「常憲院殿御実紀」巻39元禄12年4月29日条に、どうして阿波国の麻植郡や三好郡・板野郡が、唐突に登場するのだろうか?
「古代天子葬之場所有之由の候… 」 この記述から、徳川幕府は阿波国に古代天皇陵が存在することを知っていたことになる。
ちなみに、淡路島も阿波国だから。 念のため。   @阿波

594:名無しさん@1周年
19/07/14 06:55:37.05 0zecbCwx0.net
>>572
> ちなみに、淡路島も阿波国だから。 念のため。   @阿波
なんでそんな嘘を書く?淡路島は淡路国であって阿波国になったことは無い。
蜂須賀家が治める地では有ったが、あくまで二国扱い、洲本に城が存在していたが、一国一城令には違反していない、
なぜならあくまで二国だから。
蜂須賀家は阿波・淡路の二国を治める太守だった訳である。

595:名無しさん@1周年
19/07/14 07:21:28.74 R85ZR/Yt0.net
>>573
少なくとも延喜式では、間違いなく阿波国と淡路国は別々に書かれてるね。
古い神社の所在地でも調べれば一発でわかる。

596:名無しさん@1周年
19/07/14 07:26:04.38 Yz0HtAod0.net
畿内第V様式土器はあくまで、厚型重量弥生式土器。 そんなものの文化斉一性に意味はない。
文化的斉一性が見られるのは、軽量薄型丸底土器。 いわゆる「東阿波型土器」なのである。   
鮎喰川下流集落群では、弥生終末期には軽量薄型の土器が生み出される。
中・東部瀬戸内から大阪湾岸地域、淀川地域・山城地域に搬出された阿波を代表する土器であり、東阿波型土器と呼んでいる。
企画性が強く、器壁内面にヘラケズリと指頭圧痕を残す製作技法に特徴がある。土器製作専業集団によるものだろう。
類似技法による土器は讃岐・吉備に拡がり、薄型土器の南北軸を形成している。   @阿波

597:名無しさん@1周年
19/07/14 07:26:25.16 7dg2Ku2m0.net
>>70
なら九州の人が引っ越して住み着いたのが奈良ってことだよな

598:婆
19/07/14 07:29:17.62 In00/u2r0.net
>>569
対岸はトヨ(豊)の国だから、当たらずとも遠からじw
周防灘(豊前海)はトヨタマビメと神功皇后の世界だしね。

599:名無しさん@1周年
19/07/14 07:31:01.36 /VNzKkd20.net
中国人「違います」

600:名無しさん@1周年
19/07/14 07:32:05.26 pvTB8il00.net
日本側に裏付けるものがたくさんあるのはすごいね
これがいままでで一番ダントツ説得力が有るわw
ほかの畿内説だの九州説だのはなんの裏付けもないから興味もなかった

601:名無しさん@1周年
19/07/14 07:32:57.48 Yz0HtAod0.net
>>573
>なんでそんな嘘を書く?淡路島は淡路国であって阿波国になったことは無い。
卑弥呼の時代に、淡路国とか阿波国とか、そんな区別はない。  淡路島は鳴門の目と鼻の先だよ。 ワハハハハは   @阿波


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