【奈良】大和の地こそ邪馬台国に相応しい 箸墓古墳と纒向遺跡、大神神社at NEWSPLUS
【奈良】大和の地こそ邪馬台国に相応しい 箸墓古墳と纒向遺跡、大神神社 - 暇つぶし2ch497:名無しさん@1周年
19/07/03 00:54:43.23 azP2LQy10.net
>>495
はい、畿内政権はチョンなのがバレて追い返されましたw
■倭國条 ~631年の記事
 倭國者,古倭奴國也。
 (倭国はいにしえの倭奴国である)
 ※倭奴国=漢から金印を貰った国で、
  倭国より古い時代の国名=北部九州
 
 去京師一萬四千里,在新羅東南大海中。
 (新羅の東南海に在り、郡から一万四千里)
 ※九州~山陰あたりか? 
 
■日本条 701年~の記事(大和朝廷時代)
 日本國者,倭國之別種也。
 (日本国は倭国の別種である)
 ※畿内政権は倭国とは別物だと言い切ってる
 
 日本舊小國,併倭國之地。
 (小国だった日本が倭を併合した)
 
 其人入朝者,多自矜大,不以實對,故中國疑焉。
(畿内人は嘘つきなので中国はこれを信用しない)

498:名無しさん@1周年
19/07/03 00:58:36.53 azP2LQy10.net
鉄剣や殉葬者の骨は溶けると言い張っていた畿内説の最期の頼みの綱
纏向遺跡で「カエルの骨」発見!
「カエルは祭祀の供物で、
祭りが終わった後に出席者が食べ、骨を穴に捨てた可能性がある。
URLリンク(www.sankei.com)

奥山氏と同レベルの根拠なき妄想を語る考古学者www

499:名無しさん@1周年
19/07/03 00:59:27.66 PvLtEXja0.net
>>494
それ書いたのが研究者だと言うなら、きちんと名前を出せ
元の記事を読むと、仕事で中国に駐在してた云々とあり、
ただの古代史マニアが書いたデタラメの記事にしか見えないがwww

500:名無しさん@1周年
19/07/03 01:02:08.44 PvLtEXja0.net
>>497
チェリーピッキングは不正行為と同じ
九州説の卑劣さを象徴している

501:名無しさん@1周年
19/07/03 01:02:29.77 azP2LQy10.net
>>499
奥山氏の脳内説が最底辺である事実が濃くなる一方だなwww

502:名無しさん@1周年
19/07/03 01:07:10.54 PvLtEXja0.net
>>494
>やはり畿内説の主張する銅鏡は、卑弥呼の時代とは無関係という、多くの学者の見解と一致していますねw
しかし、こういう捏造を平気でやるって、自分が倫理観ゼロの人間だと晒してるようなものだぞ
九州の倫理観の欠如は理解不能

503:名無しさん@1周年
19/07/03 01:21:25.87 QzBT/M3P0.net
>>489
この地図、現実と方位ずれてるよね。
現実の南東がこの地図でいう南。

504:名無しさん@1周年
19/07/03 01:25:15.38 q8rERGqM0.net
奈良県が誇る日本最古の物5選
・大神神社
・吉野ロープウェイ
・生駒ケーブルカー
・三輪素麺
・神武天皇

505:名無しさん@1周年
19/07/03 01:30:24.20 bEMkloe6O.net
今の日本で公式の場で近畿とは関係ありませんと発表できる学者はいないんじゃない、首吊るようなもんだし。生口30人しか送れない、狗奴国何とかしてくれ、と頼みに行くような国がなんで巨大な遺跡があるんだよ。馬も車もないのにどうやって土処理すんだよ。説明してくれ

506:名無しさん@1周年
19/07/03 01:33:58.05 bEMkloe6O.net
論理的に

507:名無しさん@1周年
19/07/03 01:34:46.04 1UuM9nsr0.net
近畿に3世紀7万戸の住居跡なんて存在しねえよ。
3世紀最も人口が多かったのは北九州だけ
アホの近畿は朝鮮並みに歴史を捏造しようとするからタチが悪い
近畿は白村江の敗戦で逃げてきた百済人が作った僻地

508:名無しさん@1周年
19/07/03 01:36:04.33 ONAFj+oU0.net
>>504
神社もだけど寺も奈良からでは?

509:名無しさん@1周年
19/07/03 01:37:30.47 HqGqTCWg0.net
>>2
それ

510:名無しさん@1周年
19/07/03 01:43:35.49 1UuM9nsr0.net
銅鐸や土器にはトサカ付けた船を漕ぐ渡来人が描かれるがあれが邪馬台の武人だよ。
北九州に栄えた邪馬台は中国王朝系の兜や鎧を付けた屈強な大倭の武装集団。それは磐井の石像からも明らかで、対して近畿はそんな先端武装防具など存在しない。

511:名無しさん@1周年
19/07/03 02:40:49.40 zU/kNpRP0.net
>>87
仲間で奈良に集まったが、それぞれ戻る場所があったからだろ
それで各自、元いた場所に戻った
だがまたまた中世、東海にいた物部氏族が牙を向いた
三河の王たる源頼朝を王に据えてな
三河の源頼朝は、実は東海地方の物部氏族の力を借りて東国に武家政権を樹立した

物部氏族国造
参河国造
遠淡海国造
久努国造
珠流河国造
伊豆国造
久自国造
三野後国造
小市国造 
風速国造
松津国造
末羅国造
熊野国造

源頼朝、関東御分国
三河国 (異説あり)
遠江国
駿河国
伊豆国
武蔵国
相模国
上総国
信濃国
越後国
伊予国
豊後国
下総国

512:名無しさん@1周年
19/07/03 02:44:26.73 zU/kNpRP0.net
それ以降、三河人に日本を牛耳られる700年の歴史を経るのであった

【三河最強伝説】

■源義家軍
総大将:源義家
本体:三河武士(郎党№1 兵藤正経 三河国住人、郎党№2 伴助兼 三河伴氏 三河国住人)
■源頼朝軍
総大将:源範頼(三河守)
本体:三河武士
■足利尊氏軍
総大将:足利尊氏(三河守護(但し当時は喪中))
本体:三河武士
■徳川家康軍
総大将:徳川家康(三河守)
本体:三河武士
■トヨタグループ
総大将:トヨタ自動車
本体:三河武士

513:名無しさん@1周年
19/07/03 03:34:42.25 z7lWrMEG0.net
>>43
古田武彦(元昭和薬科大学教授)が昭和46年に「邪馬台国はなかった」の
なかで、初めて「「邪馬壹国」は「邪馬臺国」のあやまりではなく
正しい表記である。」と発表したが
古田武彦が「邪馬壹国」と主張したのは
南宋紹煕本(1195~1200年)が根拠。
URLリンク(www.furutasigaku.jp)
しかし陳寿の死後約150年後に范曄によって書かれた後漢書巻85 東夷列伝 倭の部分では
邪馬「壹」国ではなく邪馬「臺」國と書かれている。范曄は陳寿の自筆本または写本を見て
魏志倭人伝を引用しただろうことは明らかだ。
梁書、北史、隋書は全部唐代に書かれたもので官撰正史で信頼性は高い。
それらが皆「一、壱、壹」ではなく「臺」としている。
隋書東夷伝は「邪馬臺」表記で邪馬堆(堆の中国音はtui=トゥイ、トイ、ツイ)と註釈を加えている。
昔から今まで「臺」が「一、壱、壹」と同じ発音になった例(ためし)は無い。
しかのみならず昔の日本語には「一、壱、壹」のようなit=イッという促音(詰まる音)が
無かったのは万葉集4500余首を読めば判ることだ。
もし万に一つ邪馬「臺」國ではなく邪馬「壹」国が正しければ
邪馬「壹」国は北九州ではなく雄大な「富士の山」が直接見える範囲内にある。

514:名無しさん@1周年
19/07/03 04:13:22.47 z7lWrMEG0.net
>>487
縄文人の特徴は湿った耳垢だけじゃないんだが
二重まぶた
ウインクができる
肌にシミができやすい

515:名無しさん@1周年
19/07/03 05:38:35.73 pNZM37xF0.net
>>398
そこだね
奈良や近畿が大事なのはそのあたり
この国の皇統・根幹に関わる話はそこだらう
邪馬台国の文明(海洋系)はそこが滅ぼしたから
本来は連続性はないんだけど
神話という形で話をむりくり繋げたことで
いろんな妄想を生んでしまっているのかと

516:名無しさん@1周年
19/07/03 06:22:59.15 z7lWrMEG0.net
縄文人は熱帯からやってきたので太陽光線の紫外線から肌を守るために
日光性黒子=シミが出来やすかった
URLリンク(imgur.com)
URLリンク(www.daiichisankyo-hc.co.jp)

517:名無しさん@1周年
19/07/03 06:42:16.07 z7lWrMEG0.net
>>504
飛鳥寺
柿の葉寿司
吉野葛
森野旧薬園(宇陀市)
(h)URLリンク(www.morino-kuzu.com)

518:名無しさん@1周年
19/07/03 06:48:51.45 1TVkmOuc0.net
証拠がない限り何とでも言えるというものでもないし
何を証拠と見なすかということもフリーハンドではないが
何かがあれば何かが無条件に確定するというものでもない

519:名無しさん@1周年
19/07/03 06:54:28.91 1TVkmOuc0.net
ヴィシー政府は、フランスの別種也。

520:名無しさん@1周年
19/07/03 07:16:39.56 FZnPEh1N0.net
>>507
九州だけに人がいたとするソースは?
現在の歴史人口学界隈では、実在する弥生時代の遺跡の数や規模から
関東、東海、近畿、九州で遜色なく人がいたとされてる訳だが、それをひっくり返すだけのソースはあるんよね?

521:名無しさん@1周年
19/07/03 07:19:17.37 m8qmevYu0.net
まあ箸墓掘ってからにしようぜ

522:名無しさん@1周年
19/07/03 07:25:50.61 QZi52sFs0.net
>>503
あれ?畿内説は90度傾けてたけど

523:名無しさん@1周年
19/07/03 07:25:52.21 gp7NFXvH0.net
>>513
至 豆 いずれもトゥ だ

つまりヤマトゥ

大和だ

524:名無しさん@1周年
19/07/03 07:32:34.94 qyR6T5z50.net
>>523
大和はダーワ。
ヤマトは山門。

525:名無しさん@1周年
19/07/03 07:40:02.55 gp7NFXvH0.net
>>524
ダーワなんか言うかよ
ヤマトだ

526:名無しさん@1周年
19/07/03 07:42:35.52 4xHagF3L0.net
東遷説でいいよ

527:名無しさん@1周年
19/07/03 07:50:36.04 qyR6T5z50.net
邪馬国が現代の八女市なら、これより南に邪馬台国がある。

528:名無しさん@1周年
19/07/03 07:50:57.15 1TVkmOuc0.net
>>520
近畿っていっても畿内じゃないだろ

529:名無しさん@1周年
19/07/03 08:01:26.41 f9+AcKfO0.net
前スレの泉屋なんちゃらのクソ論文は笑ったな。あれでも本人達は科学やってるつもりだからな。

530:名無しさん@1周年
19/07/03 08:11:10.96 5D3Ju5QU0.net
>>518
そもそも論文書けないのが九州説
バカの壁
不正のオンパレード

531:名無しさん@1周年
19/07/03 08:18:16.82 f9+AcKfO0.net
クソ論文を何報書いても無駄

532:名無しさん@1周年
19/07/03 08:22:25.71 KNM2wFTx0.net
>>504
吉野ロープウェイは、会社の名前は『吉野ケーブル』なんだよな。ややこしい。

533:名無しさん@1周年
19/07/03 08:24:13.51 KNM2wFTx0.net
>>514
あと、ワキガもあったって話を聞いた事がある。

534:名無しさん@1周年
19/07/03 08:27:25.68 Bq7RwfLp0.net
基本だが近畿説は、魏志倭人伝を普通に解釈して無理がある

535:名無しさん@1周年
19/07/03 08:30:35.28 vpchXJt50.net
古代殷王朝の王墓からは、多数の人骨が発見されている
王の死後、一個師団を丸ごと殉死させたのよ
日本の古墳からは、こうした痕跡は発見されていないが
実際のとこ、これで殉死が無かったと断言する事は難しい
火山性土壌の日本では酸性で、長い間に骨まで溶けてしまうからな
人骨ってのはなかなか残らないのよ
中国でも周の頃には殉死は少なくなっているし。
秦の頃には兵馬俑のような日本で言うところの埴輪で代用されていた
この兵馬俑と同じものは唐の時代にもあったが、かなり形骸化されて
掌に乗るような小さな人形となっていた
まあ、こうして考えると、古代に殉死が行われたってのは魏志倭人伝の記述に
「卑彌呼以死大作冢徑百餘歩徇葬者奴婢百餘人」とあったように考えられるが
時代が下ると、中国の影響もうけて行われなくなってきたのだろう

536:名無しさん@1周年
19/07/03 08:38:41.54 pNZM37xF0.net
邪馬台国の場所はどこであれ
ともかく「海洋系」てことこがポイントなのに
近畿説はそこの主張が弱いんだよね
ともかく邪馬台国からの連続性にこだわってて
だから海洋系に主眼を置いた九州説は説得力があった
けど自分がよくよく原典を見ていて気付いたのは
>人々は朱や丹を体に塗っている。 ていう部分
辰砂の生産性を考えると九州より近畿エリアの方が
より可能性が高いのではと思った次第

537:名無しさん@13周年
19/07/03 08:56:03.77 pbB3CajUw
重篤な「日本スゴイ、スゴイ病」患者の集団である畿内説狂信集団の言説を真に受けてはいけないw 非論理と妄想の極みであり、耳を傾ける価値すらないwww

538:名無しさん@1周年
19/07/03 08:55:46.06 1TVkmOuc0.net
吉野ヶ里の出土遺物にも普通に朱が使われている
吉野ヶ里に限らない

539:名無しさん@1周年
19/07/03 09:02:18.55 m8qmevYu0.net
倭人伝には
有屋室 父母兄弟�息異處
(屋根や部屋があり、父母兄弟は別の場所で寝たり休んだりする)
というのが倭人の風俗としてあるが
これに該当するのは、花弁型縦穴式住居しかない
(中央の縦穴の周りに、花弁のように部屋がある形式の縦穴式住居)
そしてそれは基本的に九州にしかない。倭人伝の風俗は南方ぽいと言われるが、この辺りもそうかも知れない

540:名無しさん@1周年
19/07/03 09:05:59.68 KNM2wFTx0.net
>>538
地名で『丹生(にう・にゅう)』ってあったら、辰砂のとれるところらしいね。でも、
体に塗って大丈夫だったのかな。水銀だからね。

541:名無しさん@1周年
19/07/03 09:07:54.61 1TxW/yVx0.net
>>504
東大寺とか法隆寺とかはどちらかと言うと恥なの?

542:名無しさん@1周年
19/07/03 09:09:48.60 WEpcKQWI0.net
>>538
北九州にもないわけじゃないみたいだけどね
それに伊勢の鳥居は朱塗りじゃないし
ただ言えるのは、やはりこのあたりの歴史は
相当にドロドロと入り組んでるなってことだね

543:名無しさん@1周年
19/07/03 09:11:50.12 14z07q8R0.net
蛙の骨、桃の種、木製の鞘
これだけの物的証拠が出たので、邪馬台国は奈良だと断言できる
考古学は物的証拠が全てなのだよ
勝負あり(´・ω・`)
悔しいなら、九州説の学者たちよ、柿の種を探すんだ! (`・ω・´)

544:名無しさん@1周年
19/07/03 09:13:25.27 m8qmevYu0.net
丹生なら佐賀にもある(有明海に注ぐ塩田川沿いには丹生神社もある)
この川に近い虚空蔵山からは一応丹が取れたりしたとか

545:名無しさん@1周年
19/07/03 09:21:00.29 YQ9KTzNn0.net
九州説は捏造をやめろ
議論以前の問題

546:名無しさん@1周年
19/07/03 09:21:17.08 +qkGWUgJ0.net
>>544
松浦から佐世保あたりだと生水銀も出るような鉱脈だね。
徐福が喜びそうなw

547:名無しさん@1周年
19/07/03 09:23:10.82 wNetPbHF0.net
>>536
海洋系なのかな?
かつて水人たちが大魚や水鳥の害を避けるために入れ墨をしていたが今では飾りになったとしているが、書かれている内容は稲作や養蚕してる農耕民族そのものだろ

548:名無しさん@1周年
19/07/03 09:25:07.64 m8qmevYu0.net
>>546
佐世保の相浦白玉山で生水銀、らしいね
徐福歓喜やw
確か筑後川下流に徐福の像もあったし、行ってたりするかな?w

549:名無しさん@1周年
19/07/03 09:30:59.96 1TxW/yVx0.net
>>504
三重県も結構すごいよ
・粥見井尻遺跡の土偶
・墨書き土器
・金剛證寺(創建)
・城之越遺跡 湧水庭園
・丹生鉱山
・花窟神社

550:名無しさん@1周年
19/07/03 09:35:05.57 WEpcKQWI0.net
>>547
民族~民俗がだよ>海洋系
宗教のスタイルはいわゆる古神道といわれる
女性シャーマンが司るアミニズムだったり
磐座信仰や自然崇拝などの類
大陸系の文化風習とは明らかに異なる

551:名無しさん@1周年
19/07/03 09:40:33.27 WEpcKQWI0.net
出雲族の信仰はいわゆる大陸系の流れで
そこが古代ユダヤとかムー的なかんじのやつ
(テキトー)

552:名無しさん@1周年
19/07/03 09:44:53.14 IUrau9G70.net
>>547
邪馬台国が海洋系なのかはわからんが、九州安曇氏なんかは海洋系で有名だね。
3世紀頃にはそれこそ日本各地を盛んに移動してたようで、その痕跡となる銅環の腕飾りなんかが
色んな所から出土してて、奈良県の唐古鍵遺跡からも出土してる。
九州邪馬台国は、自分たちの殻に閉じ籠もってて、その輪には入ってなかったみたいだけどね。

553:名無しさん@1周年
19/07/03 09:56:44.15 z7lWrMEG0.net
>>521
オマエが掘ってこい

554:名無しさん@1周年
19/07/03 10:00:15.72 mGU9l/Zc0.net
邪馬台国だの卑弥呼だのヘイトスピーチで訴えられるぞ!

555:名無しさん@1周年
19/07/03 10:18:06.38 wNetPbHF0.net
>>550
魏志倭人伝には卑弥呼が鬼道で衆を惑わすとあるからアニミズムではないと思う。

556:名無しさん@1周年
19/07/03 10:24:36.88 CLjNmw390.net
>纏向遺跡は7万戸の邪馬台国に相応しい巨大集落である
 
 纏向遺跡は住居跡がほとんど見当たらず閑散としており、発見されたのは大型の建物が4棟程度なので7万戸は有り得ない。
 せいぜい神社の原型+古墳造営の土木事務所といった味方の方が妥当だが、引っ込みがつかずゴッドハンドでゴリ押し中。
 
 ちなみに畿内説は、周辺含め住居跡が多数発見された吉野ヶ里遺跡に対し、7万戸にしては規模が小さ過ぎると指摘していた。
 当時の人々の生活痕で見ると、纏向は比較にならないほど小規模である。
 (一部では宴会場と言われている)

557:名無しさん@1周年
19/07/03 10:25:46.55 vpchXJt50.net
倭人は何人もの妻がいたとの記載があるが
実際は一夫多妻というより、多夫多妻であったと考えた方がよい
結婚って概念はあったのだろうが
非常に緩く、複数の妻や複数の夫が当時の男女にはいたのだろう

558:名無しさん@1周年
19/07/03 10:26:49.71 737S9bFv0.net
URLリンク(www.icr.co.jp)
数年前に見に行ったときは野っぱらだったのに、なんでこんなクソみたいな整備するんだよ。平城宮跡も同じことしてるだろ

559:名無しさん@1周年
19/07/03 10:27:24.65 bEMkloe6O.net
新唐書には神武の前にウガヤフキアエズがいる、そこで大友能直の奈良のナガスネヒコと衝突して新羅と手を組んだ国賊なので滅ぼした、で奈良へ遷都したという話もないとは言えない。

560:名無しさん@1周年
19/07/03 10:34:00.53 7AeBx8S40.net
魏志倭人伝だから、邪馬台国は九州にあったんだよ
奈良に邪馬台国があったなら
倭志魏人伝となるな

561:名無しさん@1周年
19/07/03 10:37:36.36 jnugQv0x0.net
あ、どっちでもいいや

562:名無しさん@1周年
19/07/03 10:46:56.48 WEpcKQWI0.net
>>555
えっと鬼道てシャーマン的な呪術でしょ
イメージとしては沖縄に残るスタイルに近いかと
wiki先生↓
卑弥呼に関する「魏志倭人伝」のこの「鬼道」の記述から、卑弥呼は呪術を司る巫女(シャーマン)のような人物であり、邪馬台国は原始的な呪術国家とする見方がある。
一方で、弟が政治を補佐したという記述から、巫女の卑弥呼が神事を司り、実際の統治は男子が行う二元政治とする見方もある[2]。

563:名無しさん@1周年
19/07/03 10:47:57.16 +qkGWUgJ0.net
大和王権の正史である記紀に明記されていない時点で無関係。
失敗に終わった大和初の朝貢記録も記載されていない事から、都合の悪い事は記述しなかったものと考えられる。
ということは、邪馬台国の存在は大和王権にとって都合の悪いものだったのかもしれない。
狗奴国こそが大和王権の源じゃないのかな?

564:名無しさん@1周年
19/07/03 10:58:35.15 WEpcKQWI0.net
近畿説の人がこだわってる「邪馬台国」って
実際は饒速日の国(出雲系)なんだと思うよ
邪馬台国(卑弥呼)≠饒速日 なのだけど
混同してるからアマテラスは実は男だったとか
話がますますややこしくなる

565:名無しさん@1周年
19/07/03 11:04:22.31 z7lWrMEG0.net
>>525
>>524
「倭」と「和」は発音が同じだ。
「唐」や「宋」は国号の前に「大」を前置きして「大唐」や「大宋」と自称した。
玄奘(=西遊記の三蔵法師)の著作に「大唐西域記」というのがあるし
古田武彦が「邪馬台国はなかった」を捏造した時に見た宋版「魏志倭人伝」が出版された時代に
国家公務員選抜試験の際に書かなければいけない正字、
絶句や律詩を作る時に従わなければいけない平仄や正音を示した
韻書の広韻も「大宋重修広韻」と「大」の字が付いてる。
中国文献でも「大倭」と記録されている。
二十世紀に成立した「大」韓民国は時代錯誤のお笑い草

566:名無しさん@1周年
19/07/03 11:11:47.57 CLjNmw390.net
畿内説の大部分が記録に関係の無い単なる想像である件
>纏向遺跡は3世紀初頭に突然現れて3世紀後半から4世紀にかけて最盛期を迎え、4世紀半ばで消滅している
 
 卑弥呼が女王に即位したのは倭国大乱の直後であり、それは2世紀後半(170年代?)と見られる。
 そして卑弥呼が死んだ248年までに狗奴国との戦争が起こっており、最盛期は3世紀前半までと見られる。
 卑弥呼の死後は再び戦争状態となり1000人以上の死者を出すほど荒れたが、新たな女王臺与の時代で平和が訪れる。
 ただし、この後すぐに女王や女王国関連の記録は途絶える。
 具体的には266年の臺与による朝貢記録が女王関連最後の記録である。
 
 これらの記録と纏向遺跡を照らし合わせて証明出来るものは何一つ無い。
 

567:名無しさん@1周年
19/07/03 11:12:49.82 vpchXJt50.net
「倭」という漢字は、「小さくて醜い」とか
そういう意味があるそうだ
漢字の知識が深まるにつれて、日本側で中国に付けられた
この国号に不満を持つのは当然の事で、「日本」と名乗るようになった理由として挙げられている
大阪府東大阪市に日下という地名がある
この日下は、もともと草香と呼ばれていたのだが
枕詞で「日の下の草香」と称されたのが、そのまま地名の日下の由来になったようだ
この日下こそ、日本の地名の由来みたいな感じだな

568:名無しさん@1周年
19/07/03 11:12:50.17 wNetPbHF0.net
>>562
シャーマニズムなんだけど衆を惑わすというのは神託や憑依で占ったり方針を決めたりしてたと思うので、いわゆる暦を読んだり自然現象を鎮める自然崇拝とはちょっと違う気がするんだよね。
斎王の原型だと思うが、アニミズムが主流だった倭国で、卑弥呼が神託や予言の様な技を使って人心を掌握し女王国をまとめていったんじゃないかな。
そしてその予言を実行するのが男弟で実質的な倭王。

569:名無しさん@1周年
19/07/03 11:16:38.90 +qkGWUgJ0.net
>>565
ただし、大和→ヤマトのような訓読みの歴史は10世紀以降に始まるものだからさ。
史書については音読みのみで解釈するべきだな。
邪馬台→シャマタイ、シャマダとか。

570:名無しさん@1周年
19/07/03 11:20:00.52 vpchXJt50.net
古代社会は神権政治でない方が珍しい
古代日本が神権政治だったのは、むしろ当たり前だろう
崇神天皇の叔母のヤマトトモモソ姫
これが卑弥呼の有力候補だが
このヤマトトモモソ姫が仕えていた神の名前は大物主命であり
出雲の神「大国主」の別名だとされている
しかし大物主の神格は、大国主とは違い。大蛇の化身のように描かれたり
三輪山に座する神とされたりしているのだ
もともと大物主と大国主は別の神だと考えた方がよい
それが何故、同じ神とされたかと言えば、ぶっちゃけ政治的なものと考えるべき
畿内が出雲に屈服した後に、畿内の神であった大物主を大国主と同じ神だと習合することで
出雲の一つに畿内が組み込まれたのであろう
これは古代の多神教ではよくある事だ
そこで私は畿内は、崇神天皇の時代には出雲に服従していたのではないかと考えている
その後で出雲は衰退して、畿内から逃げたのではないかとね

571:名無しさん@1周年
19/07/03 11:22:51.65 5D3Ju5QU0.net
>>570
出雲は雪国だからな
北国だ

572:名無しさん@1周年
19/07/03 11:25:08.60 WEpcKQWI0.net
>>568
>いわゆる暦を読んだり自然現象を鎮める自然崇拝
「暦」となると大陸系の流れになるかと
もっとも縄文人も天体の運行は読んでたようだし
それは内陸系の縄文人(もっとも昔からの原住民)
から受け継いでいるのではというのが私の考え

573:名無しさん@1周年
19/07/03 11:27:07.63 CLjNmw390.net
さっき畿内説のスレで見つけた畿内説宣伝係の妄言。
畿内説で特に奈良説にはこんな奴しかいないのか?
>475日本@名無史さん2019/07/03(水) 11:07:46.15
>>339
>お前さんがここでいくら叫んでも畿内説の学者はもう居ないぞ

>「畿内説の学者」って何のつもりで言ってるんだ?

>事実上すべての古代史の研究者は、畿内に3世紀にあった政体が
>魏志倭人伝に書かれた卑弥呼の王都だというが既に前提という状態で研究してるんだが?


574:名無しさん@1周年
19/07/03 11:30:02.42 yApauRgq0.net
比較的落ち着いてるなと思ってたらまら九州説の奴が連投してんのかよw

575:名無しさん@1周年
19/07/03 11:30:20.76 +qkGWUgJ0.net
>>572
倭人は暦を知らないし、距離の単位「里」も知らない。

576:名無しさん@1周年
19/07/03 11:35:01.05 5D3Ju5QU0.net
>>536
瀬戸内海伊勢湾四国と暖かいだろ
出雲は雪国
厳しい冬

577:名無しさん@1周年
19/07/03 11:38:00.28 5D3Ju5QU0.net
>>575
応神まで2倍歴だよ
人代中巻は2倍歴

578:名無しさん@1周年
19/07/03 11:42:11.71 WEpcKQWI0.net
>>576
それは思ったことあるな
日本は海洋系が支配するには寒すぎんだよ

579:名無しさん@1周年
19/07/03 11:45:37.78 +qkGWUgJ0.net
>>556
人の居ない大集落ってかw

580:名無しさん@1周年
19/07/03 11:59:08.57 CLjNmw390.net
>>579
100点以上のカエルの骨が発見されたから、7万戸=30万人にはそれも含むとか言い出すんだろうよw

581:名無しさん@1周年
19/07/03 12:00:10.80 wNetPbHF0.net
>>570
大国主というのは国の代表を示す一般名称じゃないかな?
そこには大物主や大己貴など連合体の代表になった人物が歴代で含まれている。
その連合体を掌握し王という概念を持ち込んだのがヤマト王権なんだろう。

582:名無しさん@1周年
19/07/03 12:01:42.43 Zpd0BYOE0.net
>>1
別の王権だよ。
邪馬台国は九州。
チマチマ九州内を移動して、一気に大和へ移動とかね。
最後のは総距離だろ。

583:名無しさん@1周年
19/07/03 12:12:51.36 jD4Wa/D20.net
九州は今回みたいに災害があるから
安曇族は名古屋 難波 渥美半島 熱海 長野安曇野と東征したんだろうね
その後定住して戻らなかった人たちを
九州王朝たちが追って戦いを挑んで再制覇した

584:名無しさん@1周年
19/07/03 12:13:43.27 QzBT/M3P0.net
>>567
個人的には倭人が言う我々の意味を言ったところ
中国人はワの音が国名と思ったのかと思っている。

585:名無しさん@1周年
19/07/03 12:13:48.33 peOdhAlA0.net
だいわって何処?

586:名無しさん@1周年
19/07/03 12:14:36.36 ymlgkx9d0.net
邪馬台国は倭人の国
日本は朝鮮人が作った国

587:名無しさん@1周年
19/07/03 12:16:49.63 Vj+y4lvc0.net
>㈱情報通信総合研究所
なんだよ電通案件じゃねーかよ。

588:名無しさん@1周年
19/07/03 12:16:53.49 fc9e/oht0.net
神奈川県大和市も立候補か

589:名無しさん@1周年
19/07/03 12:17:23.38 gJ5HUv190.net
>>559
神話の登場人物を個人として比定するのって馬鹿がやる事やろ

590:名無しさん@1周年
19/07/03 12:18:04.86 +qkGWUgJ0.net
>>584
倭はウォと読む。
自分の事を意味する。
自分の事を自分という九州人は倭国人。
相手の事を自分という関西人は倭国外の人w

591:名無しさん@1周年
19/07/03 12:18:28.57 m8qmevYu0.net
なんか見つかるまで待つしかないな

592:名無しさん@1周年
19/07/03 12:20:15.03 OWnJYJRp0.net
邪馬台国はもちろん韓国にあったニダ。
当たり前田のクラッカーニダ。
ヤーマとは古百済語で王の意味ニダ。

593:名無しさん@1周年
19/07/03 12:23:58.17 z7lWrMEG0.net
>>562
後漢書東夷伝
(h)URLリンク(toyourday.cocolog-nifty.com)
↑の右ページの10行目
有女子名卑弥呼=卑弥呼という名の女子有りて
事鬼神道㠯妖惑衆=鬼神道を事とし以ちて(大)衆を以妖(あや)しげな言葉を使って煽り惑わす。
  【㠯】は「以」の異体字
  「鬼神」は超人的な能力をもつ存在で,人間の死後の霊魂や鬼,化け物などをいう
  「妖惑」は漢 陳琳の《為曹洪与魏文帝書》に用例がある。
於是共立為王=こういう風にして共立して王と為(な)った。
国東度海千余里至拘奴国=(邪馬臺)国の東千里余り海を渡ると拘奴国に至る。
   宋版魏志倭人伝には「狗」奴国、魏略には「拘」奴国と書いてある。
   宋版魏志倭人伝によると「狗奴国は「奴国の南」または邪馬台国を中心とする
   諸国からみて南にあった」とするのと方向が90度異なっている。
   ここからも判るように後漢書東夷伝は宋版魏志倭人伝よりも
   陳寿のオリジナル魏志倭人伝に近いと云える。
 
   古田武彦のデタラメ振りがまた一つ暴露されたw
   卑弥呼は鬼神道というものを用いて大衆を扇動していた。
カリスマ性があったのでいろんな勢力から推されて王となった。

594:名無しさん@1周年
19/07/03 12:25:27.10 Vj+y4lvc0.net
先ず根本的に「親魏倭王」の印綬はトヨの使者が司馬炎に返しているので絶対に出てこないモノなのだが。
こんな基本的な事も知らずに纒向派は邪馬台国は大和なんて垂れ流してるんだな。

595:名無しさん@1周年
19/07/03 12:28:25.42 gJ5HUv190.net
>>594
>「親魏倭王」の印綬はトヨの使者が司馬炎に返している
それ、なんか憑拠あんの?
文書とか

596:名無しさん@1周年
19/07/03 12:28:41.50 Vj+y4lvc0.net
しかも前方後円墳はトヨの使者が司馬炎の儀式を見て帰国して以降に作られたもので、
前方後円墳はむしろ卑弥呼の時代ではない事を証明している。

597:名無しさん@1周年
19/07/03 12:29:12.09 z7lWrMEG0.net
>>548
水俣からは有機水銀のメチル水銀が出て水俣病発症。

598:名無しさん@1周年
19/07/03 12:29:18.78 +qkGWUgJ0.net
>>588
方角を無視した畿内説があるなら神奈川説や北陸説が立候補しても構わないだろw

599:名無しさん@1周年
19/07/03 12:29:36.43 Vj+y4lvc0.net
>>595
それがしきたりだから。

600:名無しさん@1周年
19/07/03 12:30:21.38 5D3Ju5QU0.net
>>562
ひめひこ

601:名無しさん@1周年
19/07/03 12:31:01.69 gJ5HUv190.net
>>599
何の根拠にもならんわwwww

602:名無しさん@1周年
19/07/03 12:32:31.85 EtJjWqHH0.net
>>573
最近は皆さん吉備説に移行してるよ。
奈良は東海と手を組んだ狗奴国の可能性の方が大きいらしい。

603:名無しさん@1周年
19/07/03 12:33:51.34 IUrau9G70.net
>>594
返してたら、改めて晋から印綬を受けてるはずだが、その記録が一切ない。
朝貢を受け外臣に列することを公文書に残さないような国はないよ。
晋に邪馬台国が朝貢したと明確に書かれた記録はなく、倭国からの使者が来た記録しかない。
結論、邪馬台国は晋に朝貢する前に狗奴国に滅ぼされた。

604:名無しさん@1周年
19/07/03 12:33:59.02 QzBT/M3P0.net
>>564
でも神武は饒速日を俺たちと同じく天の神の子孫だと言ってるんだよな。
九州と出雲は古くから交流があって近い仲だったために新天地大和で出会ったとかかな?

605:名無しさん@1周年
19/07/03 12:34:47.71 Vj+y4lvc0.net
>>601
返上しなければ問題になるので、
司馬炎の歓迎を受けたトヨの使者が、
しきたりを守らなかったという事は考えられない。

606:名無しさん@1周年
19/07/03 12:35:17.14 EtJjWqHH0.net
>>594
桜井市の市税が万年赤字だから何とか収益を得たいところなのかな。
吉野ケ里遺跡が結構稼いでたからねえ。

607:名無しさん@1周年
19/07/03 12:35:39.67 EFzLvMtE0.net
>>473
淡路と北部九州の鉄加工には技術力の差があってな…北部九州が圧倒的なんだわ

608:名無しさん@1周年
19/07/03 12:36:15.44 Vj+y4lvc0.net
>>603
印綬の交換をしなければトラブルになるので、
トラブルが無かったという事は、
通常の印綬の返還と交付を受けたという事で間違いない。

609:名無しさん@1周年
19/07/03 12:39:53.23 rFEbT+Qq0.net
>>604
旧唐書の時代の倭国は出雲あたりを指してるから、その時代の倭国は北部九州や出雲、吉備の連合国だったように思える。
それ故に記紀は東征説で表現したんじゃないかなと。

610:名無しさん@1周年
19/07/03 12:40:30.60 IUrau9G70.net
>>608
親魏倭王の印は魏という国家が授けた物なので
晋が交換したなら、自分たちの正当性を主張する為に記録に残す。
交換できてないとトラブルになるなら後漢の金印はどう説明する?

611:名無しさん@1周年
19/07/03 12:41:22.73 gJ5HUv190.net
>>605
想像の世界やな

612:名無しさん@1周年
19/07/03 12:42:03.61 rFEbT+Qq0.net
>>607
長崎の大村にある弥生遺跡で炭素鋼を使っていた痕跡が見つかってたね。
刃の部分に鋼鉄を使っていたらしい。

613:名無しさん@1周年
19/07/03 12:42:24.01 OqJPaBqH0.net
神が住んでるが俺もその一人

614:名無しさん@1周年
19/07/03 12:43:06.29 d373tA0n0.net
漢委奴国王印は大乱で統治者一族が逃亡した際に紛失した

615:名無しさん@1周年
19/07/03 12:47:28.39 5D3Ju5QU0.net
>>473
鉄デマと弥生詐欺の九州説

616:名無しさん@1周年
19/07/03 12:48:36.91 Vj+y4lvc0.net
>>611
あなたが想像でモノを語っている。

617:名無しさん@1周年
19/07/03 12:51:14.90 W1a498lM0.net
>>607
技術者が集まってた地方なんかな
畿内のように日本中の土器が出土してないことから
九州に中心があったわけじゃなく
九州でつくられたものが奈良に送られた、という流れっぽいな

618:名無しさん@1周年
19/07/03 12:52:25.12 gJ5HUv190.net
>>616
つまらんwwww

619:名無しさん@1周年
19/07/03 12:53:54.87 bEMkloe6O.net
583、それは長然、橘はやなり、空海に言え。邪古波邪が隼人、狗邪国だな、犬の遠吠えに弓を使うんだろ。空海は真言密教、陰陽五行で暦を習いに行ってるだろ、会稽へ、卑弥呼はもう知っとったよ。

620:名無しさん@1周年
19/07/03 12:56:27.14 CLjNmw390.net
学者の見解「鉄が権力をつくる」
北部九州では紀元前1~2世紀、朝鮮半島から鉄の素材が入り、加工して流通するようになった。
弥生時代、倭で最初に本格的な金属器社会に入った地域だ。
初期の国家について「鉄が権力をつくる」との説を私は支持している。
ではなぜ鉄の一大生産地だった九州に比べ出土品も少ない近畿に大和政権ができたのか。
松木 武彦(まつぎ・たけひこ) 大阪大文学部卒、同大学院博士課程単位取得。
専門は日本考古学。日本列島の古墳研究や考古学を通じた戦争、国家形成論などを研究。
2014年から国立歴史民俗博物館の研究部門教授。

621:名無しさん@1周年
19/07/03 12:57:57.56 Vj+y4lvc0.net
ちなみに七支刀にも晋が出てくる。
この様に、後の世にも晋との良好な関係が続いたのは間違いない訳で、
その晋の建国の一発目の朝貢で間違いがあった事を示す記録はない。
晋の建国の朝貢に対してトラブルがなく、
正しく親魏倭王の印綬は返還されたのが歴史の事実である。

622:名無しさん@1周年
19/07/03 12:58:05.52 WEpcKQWI0.net
>>604
まあ純粋に、戦うより和合を選んだって感じでは
饒速日が戦いを挑んでれば、、
どうなってたんでしょうかね

623:名無しさん@1周年
19/07/03 12:59:32.12 W1a498lM0.net
>>620
鉄の出土品「だけ」多くて、近隣土器しか出土しない九州と
鉄の出土品はs区なくても、関東から九州まで広い地域の土器が出土した畿内
どっちが国の中心だったのかは、明らかでないか?

624:名無しさん@1周年
19/07/03 13:00:30.27 WEpcKQWI0.net
>>609
そこらの連合国が大和政権に敗れたっていう
そういう史実はありそうだね

625:名無しさん@1周年
19/07/03 13:04:22.62 IPpZIfLI0.net
>>583
北九州と朝鮮半島南部に広がる海峡国家が存在した
その名は倭国
倭国は複数の国の連合体で最大国家は邪馬台国といいその女王の名は卑弥呼
倭国大乱によって宮崎高千穂に逃げた一族がいた
その子孫は神武といい後に東征し橿原で初代天皇となった
これがおおまかな歴史

626:名無しさん@1周年
19/07/03 13:05:28.68 nb5K7svj0.net
神奈川県大和市こそふさわしい

627:名無しさん@1周年
19/07/03 13:07:30.49 m8qmevYu0.net
倭人伝には東の海を渡った向こう側に別の倭人国がある事を記載してるし
邪馬台国連合は当時の日本に幾つかあった国家連合の一つ、程度な気がするが

628:名無しさん@1周年
19/07/03 13:09:33.30 z7lWrMEG0.net
>>567
草香の更に古い書き方は「孔舎衙」で
大和を邪馬臺と書いた万葉仮名のようなもの
個々の感じの意味は気にしないほうがよい。
「倭」という漢字にはwoとweiという風に二通りある。
「倭」という漢字は「倭人」の場合はWo renと発音する。
「白」もboとbaiと二通りの音読みがあり
「李白」の場合教養有る中国人はLi Boと発音するが無教養な中国人はLi Baiと匈奴鮮卑北狄系統の発音するから
イマドキ日本にワンサカと日本に押し寄せてる中国人を捕まえて「邪馬台国」の発音を質問しても
新井白石や古田武彦と同じ間違いを犯すのが関の山www

629:名無しさん@1周年
19/07/03 13:11:02.60 IPpZIfLI0.net
>>588
神奈川なんか都になったことねーよw
関西は大阪も京都も奈良さらには兵庫も滋賀ですら都だった
和歌山も熊野と神聖な土地だし歴史の重みが違いすぎる

630:名無しさん@1周年
19/07/03 13:11:26.68 YQ9KTzNn0.net
>>625
それ何か証拠あって書いてるの?
それともただの妄想?

631:名無しさん@1周年
19/07/03 13:12:48.32 CLjNmw390.net
>>623
これを貼れってか?
土器様式によって勢力圏を判断するという畿内説的思考で考えると、
東海政権がTOP政権となってしまう件www
■畿内説曰く
3世紀に入ると九州で畿内式土器が出現する。
これは畿内政権が北部九州を傘下においていた事を意味する。
■九州説曰く
それは畿内が北部九州に納品(献上)していた物であり、
逆に纏向では九州産の土器は出土しない。
畿内は北部九州の傘下にあったとも考えられる。
■東海説曰く
同時期の纏向遺跡からは東海式土器が大量に出土する。
これは纏向が東海政権の傘下にあった事を意味する。

632:名無しさん@1周年
19/07/03 13:15:13.62 CLjNmw390.net
>>629
か、かまくら
北条時宗涙目w

633:名無しさん@1周年
19/07/03 13:15:35.69 Vj+y4lvc0.net
畿内説派は狗邪韓国が倭国であった事も知らない。

634:名無しさん@1周年
19/07/03 13:15:36.12 B6JIvmXK0.net
>>9
思えば伊勢と三輪の神、一体分身の御事 いまさら何ぞいわくらや

635:名無しさん@1周年
19/07/03 13:16:15.11 HEA+s3Ms0.net
邪馬台国って何度も唱えてればいつのまにか大和国って言ってるもんな

636:名無しさん@1周年
19/07/03 13:17:17.41 IPpZIfLI0.net
>>628
大阪府東大阪市にその孔舎衛小学校が存在する
そこは日下ともいいまさに日の下すなわち日の本つまり日本を指す土地として地元で有名である
神武天皇が東征した時、生駒山の上に昇る太陽の真下を目指し、そこを日本とした由緒正しき聖地だよ

637:名無しさん@1周年
19/07/03 13:17:38.80 d373tA0n0.net
>>625
なるほど倭国大乱で逃げ出した先が本州じゃなくて宮崎なのか
それなら卑弥呼の時代に狗奴国として邪馬台国に服従しなかった理由になるな

638:名無しさん@1周年
19/07/03 13:19:40.90 IUrau9G70.net
>>614
そうだね。
つまり交換でないとトラブルになるなんてこともなく、親魏倭王の様に挨拶に来たらそれを記録に残すだけ。
魏以外に邪馬台国からの朝貢の記録もないしね。
つまり邪馬台国は壱与の代で狗奴国に戦争で負けて消滅した。

639:名無しさん@1周年
19/07/03 13:20:02.23 CLjNmw390.net
後漢時代に100国あった倭国は、倭国大乱により30国に減りました。
この30国は北部九州あるいは出雲を含む倭国であり、畿内を含む分裂した国々は鉄の供給圏から外されていました。
■魏志韓伝より
國出鐵韓濊倭皆従取之,諸市買皆用鐵如中国用銭,又以供給二郡
(国には鉄が出て、韓、濊、倭がみな、従ってこれを取っている。
諸の市買ではみな、中国が銭を用いるように、鉄を用いる。
また、楽浪、帯方の二郡にも供給している。)
 
■重要事項
・3世紀頃は鉄は市で通貨として使えるほど貴重だった。
・九州では武器や農具に鉄を使えるほど潤っていた。
・しかしこの時代の畿内からは鉄が出土していない。
↓鉄の出土状況
URLリンク(i.imgur.com)
■推測されること
・畿内政権は鉄を取りに行っていない
・畿内政権は九州に鉄を分けてもらえなかった
・一大率は畿内政権への鉄の供給を禁じていた
 
■結論
・3世紀の北部九州と畿内の関係は希薄だった
・一大率は畿内政権とは無関係だった
・当時の畿内政権は倭国ではなかった
 
■裏付け
 纏向遺跡では九州産や半島産の土器は出土しておらず、疎遠だったと考えられる。
 もと歴博の館長もやった佐原真いわく、
「近畿圏では鉄は溶けやすいので、残っていないのだ」
(開き直り?)

640:名無しさん@1周年
19/07/03 13:20:15.42 cWXCNoHg0.net
宮崎鹿児島は投馬国
都万、サツマ
卑弥呼を共立したミミの国

641:名無しさん@1周年
19/07/03 13:21:43.48 Vj+y4lvc0.net
>>638
交換でないとトラブルになるし、
魏以外に晋への邪馬台国からの朝貢の記録がある。
あなたは歴史認識が出鱈目すぎる。

642:名無しさん@1周年
19/07/03 13:21:54.07 IPpZIfLI0.net
>>630
日本に文字が存在しなかった古代において完璧な証拠と言えるものなどないよ
でも神話や諸外国の書物をつなぎ合わせればそう考えるのが自然

643:名無しさん@1周年
19/07/03 13:22:17.12 m8qmevYu0.net
邪馬台国の出先機関である一大率があったとされる伊都国自体
畿内との関係が希薄だしな。糸島半島からは当時の畿内系の土器は
ほとんど出て来ない

644:名無しさん@1周年
19/07/03 13:23:40.17 gJ5HUv190.net
>>623
九州、西日本の土器ほとんどあれへんやんけ
畿内から出てくるのは関東のばっかり

645:名無しさん@1周年
19/07/03 13:25:28.32 gJ5HUv190.net
>>641
伝世の印綬になってれば、返納せんやろ

646:名無しさん@1周年
19/07/03 13:25:45.51 xO2Nu5QH0.net
>>642
記録とは燃やすもの。ほら、ナチスだって燃やしてる

647:名無しさん@1周年
19/07/03 13:26:52.73 Vj+y4lvc0.net
>>645
貴方が返還しなければトラブルになるという歴史の事実を受け入れるしかない。

648:名無しさん@1周年
19/07/03 13:27:40.18 gJ5HUv190.net
>>647
せやから、憑拠言うてみ言うてるやろ
文書とか

649:名無しさん@1周年
19/07/03 13:27:51.69 lgpBHGih0.net
というか、邪馬台国がどこにあったとかクソどうでもいいわ
九州と奈良に同時期にそれなりの規模の国があったというだけでいいだろ
中国の三国時代の日本のことが、中国の文献でしか把握できないとか本当に恥ずかしいわ

650:名無しさん@1周年
19/07/03 13:28:08.16 rFEbT+Qq0.net
>>643
それおかしいよね。
一大率を派遣したのが畿内なら、畿内と北部九州はほぼ同じ文化を持っていたはずだもんね。

651:名無しさん@1周年
19/07/03 13:28:20.97 IUrau9G70.net
>>641
ソース下さい

652:名無しさん@1周年
19/07/03 13:30:24.01 Vj+y4lvc0.net
畿内説派は「印綬は返還しなくてもトラブルにならない、魏以外に朝貢してないし」
という事実無根のフィクションを想定する事でしか成立しない暴論である事を示している。
恐らくはゴッドハンドで「親魏倭王印が纒向から見つかりました!」
という電通の策略の為の布石だろう。
我々はそれをこの時点でキッチリ指摘させてもらいます。

653:名無しさん@1周年
19/07/03 13:30:27.53 IPpZIfLI0.net
宮崎県の高千穂と言えば、天孫降臨
これは九州北部にあったと考えられる高天原から倭国大乱によって
高千穂に逃げてきた一族の子孫がいた
それが後の神武天皇なのである
鹿児島の鹿は神の使い、児は子供つまり鹿児島は神の使いの子供の島なのだよ
鹿児島宮崎から東征したのだろう
天皇陛下は昔は天子様と呼ばれた
それは天=アマテラス=卑弥呼
その子孫が天子様であり天皇陛下という意味なのだよ

654:名無しさん@1周年
19/07/03 13:30:32.19 1TVkmOuc0.net
>>565
中国語の発音としては違う
あと大日本帝国をディスるな

655:名無しさん@1周年
19/07/03 13:31:42.45 Vj+y4lvc0.net
>>651
晋書「武帝記」

656:名無しさん@1周年
19/07/03 13:32:00.14 p4FXpsER0.net
そもそも金印って二回しかもらったことないの?
倭の五王のとき何回も中国に来て官位を授けてくれってお願いしてたみたいだけど

657:名無しさん@1周年
19/07/03 13:35:18.81 IUrau9G70.net
>>655
まさかの司馬炎?
見当たらんがな

658:名無しさん@1周年
19/07/03 13:35:24.40 z7lWrMEG0.net
>>612
その初期型日本刀=倭刀は何処に眠ってるんだ。
どうせそれは砂鉄を原料にしたたたら製鉄が始まった時代のものだ。
(h)URLリンク(www.sankei.com)
淡路市教育委員会は2017年7月30日、弥生時代後期に鉄器を製造していたとされる
五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡(淡路市黒谷)と約6キロ離れた舟木遺跡(同市舟木)で見つかった
構造の違う炉を再現比較する実験を行った。
・・・
五斗長垣内遺跡は地面に炭をそのまま置く炉が使われていたが、舟木遺跡では深さ約18センチ、
直径約63センチの穴に、溝の跡のある炉が見つかっている。
・・・・
市職員が牛皮とハスの茎を使った天然素材のふいごを使って30分ずつ燃焼。
地面に直接置いた炉は796度、溝のない炉は730度が最高温度だったが、
舟木遺跡型の穴に溝のある炉は15分で千度を超えた。
北九州はどんな炉を使ってたんだ。具体的な製鉄遺跡を挙げてみよ。

659:名無しさん@1周年
19/07/03 13:36:22.36 PODy+fSp0.net
大阪人だが最近の京都の混雑ぶりに辟易して明日香村にまで犬の散歩
に家族で行ってきた ひと昔前からは観光客は少し増えたが嵐山なんかに
比べたら滅茶少なかった それに外人さんが居ないのが気に入ったよ
でも明日香村の一番良いのは彼岸花&コスモスの乱舞する時期だ
ちょっと気は早いが今から楽しみにしてるよ

660:名無しさん@1周年
19/07/03 13:36:45.45 /aK6IsMv0.net
あの、佐賀にも大和って地名あるんですよね
みんな覚えてる?
ゆるキャラのはしりでもあった、まほろちゃんの地元だ

661:名無しさん@1周年
19/07/03 13:38:09.59 Vj+y4lvc0.net
泰始2年に書いてあるだろうが。
そもそも、教科書にすらトヨの使者が朝貢した事が書かれている。

662:名無しさん@1周年
19/07/03 13:38:18.68 IPpZIfLI0.net
>>643
一大率の「一大」と専門家が分けて読んだだけで
ひょっとすれば「大」の上に「一」をのっけて「天」かもしれないという人もいる
すなわち天皇は「天(あめ)」さんだったのかもしれない

663:名無しさん@1周年
19/07/03 13:38:39.87 J3vU53Ba0.net
>>1
馬鹿が「願望」で大和王権の地を邪馬台国にしちゃいましたwww

664:名無しさん@1周年
19/07/03 13:40:17.48 617+FMgN0.net
>>629
関東にも王国は有った
こちらは斉と関係が深く
関西より多くの馬具などが出土している

665:名無しさん@1周年
19/07/03 13:41:20.28 rFEbT+Qq0.net
>>658
自分で調べなよ。。。
富の原遺跡でググッてみてw

666:名無しさん@1周年
19/07/03 13:43:21.97 z7lWrMEG0.net
>>638
オマエはまだ「壱与」なんて書いてるのか
「臺与」と書くと古田が捏造した「邪馬台国はなかった」九州説が崩壊するからなwww

667:名無しさん@1周年
19/07/03 13:43:32.52 Vj+y4lvc0.net
皆さん、電通が「親魏倭王印が纒向から見つかりました!」って言うイベントを画策していますよ。
ゴッドハンドです、絶対に騙されないようにしましょうね^^

668:名無しさん@1周年
19/07/03 13:43:38.91 617+FMgN0.net
URLリンク(m.youtube.com)
関東日本王国

669:名無しさん@1周年
19/07/03 13:44:02.55 1TVkmOuc0.net
ついこの間まで「九州からは畿内系土器が出るから畿内の方が上」とか言ってたよな?
畿内系つうても播磨とかのようだけど

670:名無しさん@1周年
19/07/03 13:44:51.05 CLjNmw390.net
>>664
奈良は中国より先に馬を使いこなしていたと豪語してるぞw
<箸墓古墳で馬具出土>
2001年12月
「箸墓の周濠から、馬具と布留1式土器が同時に出土した。」
奈良県桜井市箸中の箸墓古墳の周濠から、乗馬の 際に足を掛ける馬具、
木製の輪鐙(わあぶみ)が見つかり、桜丼市 教委は三十日、
「輪鐙は四世紀初めに周濠に投棄され たと推定され、国内最古の馬具
である可能性が高い」 と発表した。

<参考>
・発見場所は周濠の底で、4世紀の土器の破片の下に埋もれていた。
・半島・日本ともにこれまで出土してきた馬具は5世紀のものが最古である。
<馬具研究史より>
 樋口隆康「鐙の発生について」は、中央アジアの騎馬民族に
鐙が出てくるのは7世紀以降であるが、中国では4世紀初頭の騎人俑に
足踏みとしてのみ利用された片側だけにつけられた鐙の存在を指摘し、
中国における鐙の発生を4世紀初頭と推定した。
奈良は中国よりも先に馬を導入していたことにしてしまう纏向学w

671:名無しさん@1周年
19/07/03 13:47:22.92 /P/iEAIz0.net
奈良県は鉄炉が見つかっていない。

672:名無しさん@1周年
19/07/03 13:49:19.15 z7lWrMEG0.net
>>654
>中国語の発音としては違う
どの部分をさして書いてるんだ
主語を明確にしろ>論理曖昧な典型的倭人w

673:名無しさん@1周年
19/07/03 13:49:56.98 /P/iEAIz0.net
女王国は牛馬無しのはずだ。

674:名無しさん@1周年
19/07/03 13:50:49.33 IPpZIfLI0.net
聖徳太子の十七条憲法の第一条「和を以て貴しとなす」とある
敬虔な仏教徒である聖徳太子が第一条に仏教でなく「和こそ一番大事やぞ」としたのは
倭国大乱しかり歴史的に日本をまとめるのに苦労したことがうかがえる
卑弥呼という女王を置いたのもそれが理由なのだろう
大和とは「和を合わせよ」から来てるはず
これを「ダイワ」と読まず「ヤマト」と読んだのは
そのルーツが邪馬台国にあることを示唆している
関西は銅鐸文化圏なのに奈良だけ銅剣文化圏は興味深い
これは九州から東征した神武が奈良を統治し九州の銅剣文化を持ち込んだのだろう
最終的に畿内王朝が九州皇統を滅ぼし統一国家日本を670年生み出すわけだが
近畿と九州は歴史的に見て結局遠い親せきということになる

675:名無しさん@1周年
19/07/03 13:53:31.38 z7lWrMEG0.net
>>649
朝鮮は日本より300音遅れてる恥ずかしい国w

676:名無しさん@1周年
19/07/03 14:03:42.06 IPpZIfLI0.net
>>664
670年に畿内王朝である大和朝廷は邪馬台国の後継国家である九州皇統を
唐と協力してクーデターによって滅ぼし統一国家日本を生み出した
昔から九州をリーダーと仰ぐ関東王国の東戎どもはこれに怒り反発した
794年桓武天皇は平安京を築き列島の統治に力を入れた
中でも蝦夷の反乱を鎮圧するために征夷大将軍坂上田村麻呂を東国に派遣しこれを鎮圧した
首領アテルイを京に連行しこれを斬首これによって列島の統一は完成した

677:名無しさん@1周年
19/07/03 14:07:25.38 CLjNmw390.net
>>658
残念ながら淡路産の鉄では無さそうだなw
そしてもっと凄い事が書いてあったw
長崎県大村市 富の原遺跡(弥生中期初頭~後期前半)
URLリンク(ja.wikipedia.org)
特に鉄戈の分析から得られた情報は大きく、原料鉱石として磁鉄鉱が用いられ、
錆分析から推定される鋼の炭素量は0.5から0.6パーセントで、刃部には真鍮を
削れる程度の硬度があり、別の鉄戈の棟部の錆びから調べられた炭素含量は
0.1から0.2パーセントであり、棟部が軟鋼であることが確認されている
すなわち刃部に高炭素の硬鋼を使用し、棟部に低炭素の軟鋼を組み合わせる
「合わせ鍛え」の技法(日本刀や農工具に用いられる技法)が弥生期から確認された

678:名無しさん@1周年
19/07/03 14:08:54.82 z7lWrMEG0.net
>>665
富の原遺跡」でググっても鉄製品の話は出てくるが
炉の話は出てこないな
やっぱり鉄製品は淡路島の鉄器工房に作ってもらってたんだなwww


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