18/11/09 13:52:37.81 .net
これ見たら「新日鉄住金はちゃんと払えよ」って事案
日本政府も韓国政府も関係ないわwww
> 日本製鐵は、控訴人らの就労開始後、控訴人ら訓練工に対し、賃金を支給する旨を告げたが、
> 賃金額や内訳については説明をせず、控訴人らには月に2、3円の小遣い程度の現金を手渡す
> のみで、賃金のほとんどを、日本製鐵が控訴人らに無断で開設した各工員名義の郵便貯金口座に、
> 控訴人らの同意を得ずに一方的に入金し、その貯金通帳と届出印を寮の舎監に保管させ、
> 控訴人らに対しては、控訴人らは独身者であるため、賃金全額を渡すと無駄遣いするおそれが
> あるので貯金しておくと説明した
>
> 控訴人Bは、大阪製鉄所を離れる際、本件寮の舎監に対し、同控訴人名義の貯金通帳を渡して
> ほしいと申し出たが、舎監は、清津に着いたら貯金通帳を渡すと述べたため、清津に到着した後、
> 再度、貯金通帳を渡して欲しいと申し入れたが、舎監は、次の転属者を清津に引率して来るときに
> 持って来ると述べて、貯金通帳を渡さなかった
>
> 昭和20年8月13日、ソ連軍による清津の日本軍施設に対する攻撃が始まり、控訴人Aは、徒歩で
> 茂山に避難した後、茂山から京城に避難した。控訴人Aは、京城で8月15日を迎えた後、同所の
> 日本製鐵事務所に行ったが、誰もいなかった
>
> 控訴人Bは、大阪製鉄所起重機課の責任者であった日本人のG及びその家族とともに清津の山中に
> 避難し、数日間を山中で過ごした後、単独で茂山を経由して成津に向かったが、同所でソ連兵から
> 日本人に間違われ、捕らわれそうになって地元民に助けてもらった後、京城に避難し、同年9月初め頃、
> 故郷の忠清南道論山郡魯城面に戻った
>
> 控訴人らは、清津で労務に従事した2か月間、全く賃金の支給を受けられなかった。
> 控訴人らは、その後も、日本製鐵から未払賃金の支給等について連絡を受けたことはなかった
【以上すべて、「日本の大阪高裁」が認定した事実】
ちゃんと払えよ、労働の対価だ