18/04/26 04:15:59.79 W1ZJ0P1R0.net
>>363
>昔は医者でさえ
>他人の体に接触する卑しい職業とみなされていたことはあるけど
>
>卑しい
>であって
>いやらしい
>とは別の次元だけどな
卑しいどころか日本史における代表的な差別の起源。
asahi.com(朝日新聞社):「陰陽の大刀」なぜ大仏の足元に 光明皇后の思いは? - プレーバック1週間
皇后になった翌年の730年には平城京に病人や孤児を救済する施設の悲田(ひでん)院、薬草などによる治療所の施薬(せやく)院を置いた。
URLリンク(www.asahi.com)
↓
『被差別部落史の研究―移行期を中心にして-』
悲田院は、近世初期の非人の居住地につながっていき、
悲田院村が、次第に各地に点在していた乞食を支配するようになり、
近世非人身分が成立していくとする。
URLリンク(www.iwata-shoin.co.jp)
読み物 - 京都部落問題研究資料センター
動物の屠殺や化製業に関する知識、および処刑などの刑吏役から来る人体に関する知識が発展して、医療技術にたけた穢多身分の人が輩出される。
1777年(安永6)、武州榛沢郡新戒村の穢多が「医道巧者」なので、もっと活躍してもらおうとの世論が高まり、
村や近郷の人々あげての身分引き上げ嘆願運動があったことは、あまりに有名である。
URLリンク(shiryo.suishinkyoukai.jp)