16/05/07 22:50:37.67 ws4PNa4g0.net
はい、みんな解散。パナマ文書に高橋治則があったので、何もしません。
東大法学部卒のエリートがしのぎを削る大蔵省にあって、中島氏は将来の事務次官候補と目されていた。
主計局次長を勤め上げれば、官房長、そして主計局長、次官というコースが見えてくる。
槍玉に挙げられたのは、そんな矢先のことだ。
「私は30代のころから積極的に異業種交流会に参加していました。楽しいからってわけじゃない。業界の本音が聞けるからです。
イ・アイ・イ・インターナショナルの高橋治則さんとも親しかったけど、高級料亭で会うのは2カ月に1度ぐらい。
それに、夜9時になったら切り上げて職場に戻っていたんです。ノーパンしゃぶしゃぶ? 行ってませんよ」
当時、派手な接待を受けていたとされるのは中島氏だけではない。
東京税関長の田谷廣明氏、証券局長の長野厖士氏らも名前があがっていた。
だが、中島氏の場合、「二信組事件」を引き起こした高橋氏との関係が深すぎた。
高橋氏の知人の儲け話に2000万円を出資していたことが明らかになり、報酬を受け取っていたと報じられたことが致命的だった。
「やっぱり脇が甘かったんだね。でも、あれは “名前を貸してくれ”と言われただけ。
2000万円なんて出してないし金も受け取っていない。これは本当。
でも、契約書にサインしたことは認めざるを得ません。高橋さんとの付き合いもあって断りきれなかった」