16/04/04 11:46:24.39
>>1より
兄弟は決して貧しくて悲惨な環境に育ったわけではない。自宅にはそれぞれの個室があった。
父親も、イスラム教徒によくみられるような、子どもに対する超権威主義者でもなければ、
暴力をふるうこともなかった。
■2組の兄弟は「移民」居住地区で育った
サラとブライム、イブライムとハリドという2組の兄弟テロリストはフランスとベルギーと国籍は異なるが、
ブリュッセル市内の移民が多い地区で育ったという共通項がある。
サラの幼な友達だった前述のアバウドは、生前、「モレンベーク地区にはシリアから90人が送られている」
と明かしていた。約160人が死亡した両事件にはテロリスト約30人(15人が自爆や射殺)が関与したが、
そのうち逃亡中の数人を含めて約半数が同地区出身者やかつて住んでいた人物だ。
モロッコ系移民などのイスラム教徒、貧困層が居住者の多数を占めるモレンベーク地区は、「テロリストの武器庫」
として国際的に知られる。ボスニア紛争やアフガン戦争終了後に大量に流出したカラシニコフなど「戦争の武器」
と称される重武器の密売買が盛んにここで行われている。クスリの売買地区としても知られる犯罪地区だ。
一方、ラーケン地区はブリュッセルの中心部に近く、王室の居城もあるが、公立中学の生徒の約80%が
イスラム教徒である。同時テロのあった日、あるクラスでは、地下鉄を利用して職場に向かう途中の母親が
犠牲になったのを知って号泣する生徒がいる一方、「やった!」と叫んでテロを称賛する生徒もいたという(ルモンド)。
■言葉巧みに若者を取り込む過激派
イギリスやフランスと異なり、ベルギーにはアラブ系の植民地がない。そのため、アラブ系の移民にとって
ベルギーは比較的羽根を伸ばしやすい。「旧植民地出身」というレッテルを張られることなく生活できるからだ。
また1970年代には、フランス北部の炭鉱地帯で働いていたアラブ系の炭鉱労働者が、炭鉱閉鎖に伴い大量に
ベルギーに流入した。それらの労働者の多くは、もともとはフランスの植民地であるモロッコの炭鉱で働いていた。
ベルギーは連邦国家の形をとっているが、北部のオランダ語圏と南部のフランス語圏では文化や生活様式が異なり、
両者の対立のせいで行政が不安定だ。2010年から2011年にかけて政府が2年近くも機能しない時期もあった。
移民対策や失業対策はもとより治安対策もなおざりな状態が続いている。また、アラブ語圏の植民地がゼロ
だったので、治安当局や情報当局にアラブ語を解する捜査官もほとんどいない。
こうした中で、ベルギーでは犯罪を働くイスラム系の若者たちが増えていった。そして彼らの前に現れたのが、
イスラム教徒過激派サラフィストの説教者だ。彼らは「アラーの神を信じて“善行”を積むことで、罪が帳消し
にされる」と説き、若者の心を巧みに捉えっていった。善行とは「殉教」、すなわち「テロ」のことである。
ベルギーはますますテロリストの温床となりつつある。どうすればそれを食いとめることができるのか。
28カ国に膨れあがり機能マヒ状態も指摘される欧州連合(EU)にとって、きわめて頭の痛い問題だ。(了)
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