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ホラッチョ安倍
「私個人とアメリカとの出会いは、カリフォルニアで過ごした学生時代にさかのぼります。
家に住まわせてくれたのは、キャサリン・デル-フランシア夫人。寡婦でした。
亡くした夫のことを、いつもこう言いました、ゲイリー・クーパーより男前だったのよ、と。」
ホラッチョ川上
「私は幼少の頃から、母の親族がいるニューヨークのアッパーイーストの小さな小学校に通ったり、
日本に帰ってきたり、またサマースクールに通ったりを繰り返していて、
幼な心に『なんでだろう』と思っていました。
当時はアーントサム、サム叔母さんという言い方をしていましたね。もう亡くなりましたので取材はできません」