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昭和7年(1932)1月8日、桜田門事件、
代々木練兵場で行われた陸軍観兵式から還幸途中の昭和天皇(当時皇太子)の行列が
桜田門前に差しかかったとき、沿道から手榴弾(しゅりゅうだん)が投げつけられました。
爆弾は宮内大臣の馬車付近で爆発し、
近衛兵一名が負傷したものの陛下には被害はなく死者もでませんでした。
犯人は李奉昌(イ ボンチャン)で大韓民国臨時政府(在・中国上海)が組織した
抗日武装組織韓人愛国団によって派遣された刺客です。
李は昭和天皇が観兵式に臨席することを新聞で知り、
犯行の前々日に偶然入手した憲兵の名刺を使って観兵式の警戒網を突破して襲撃しました。
逮捕後、李は大逆罪に問われ、同年9月30日に大審院(裁判長和仁貞吉)において死刑判決が下り、
10月10日に処刑されました。
現在、韓国ではこの李奉昌は英雄として讃えており、
1946年、遺骨は在日朝鮮人が発掘した後ソウル市に於いて国民葬が行われました。
大韓民国では独立三義士の一人とされ、
韓国の小学校歴史教科書では義士として讃える1ページにも亘る記述が有り、
独立記念館で顕彰されている他、大韓民国第330号史跡孝昌公園にも像と墓が建てられています。