【驕る凄む中国】習政権、沖縄を「中国の一部」 出世背景はアジア各国の福建省出身華僑と資本 [12/06]at NEWSPLUS【驕る凄む中国】習政権、沖縄を「中国の一部」 出世背景はアジア各国の福建省出身華僑と資本 [12/06] - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト1:◆CHURa/Os2M@ちゅら猫φ ★ 15/12/06 21:56:08.35 ★【驕る凄む中国】習政権、沖縄を「中国の一部」 出世背景はアジア各国の福建省出身華僑と資本 2015.12.05 「改革開放」を掲げ“赤い資本主義”へ舵を切った、最高指導者の●(=登におおざと)小平氏は 1987年、外資誘致政策のための、ある秘策を打ち出した。 「以僑引僑、以僑引外、以僑引台」(=華僑によって華僑資本を誘致。華僑によって外国資本を誘致。 華僑によって台湾資本を誘致)だ。 後に華僑資本の先駆者として、中国政府から「愛国人物」と祭り上げられたのが、タイ財閥 「チャロン・ポカパン(CP)グループ」の、タニン・チャラワノン(中国名・謝国民)会長兼 最高経営責任者(CEO)である。外資導入の0001番(第1号)の認定を持つ。 この87年は、中国と台湾の劇的な政策転換元年でもあった。38年にわたって台湾全土で施行 されてきた戒厳令が解除され、中国大陸への里帰りも解禁された。当時、台湾の対岸の中国福建省 アモイ市で副市長を務めていたのが、現国家主席の習近平氏である。 習氏が福建省福州市党委員会書記に昇格した90年、同市出身のインドネシア華僑の大富豪、 ジュハル・スタント(同・林文鏡)氏が出身地に「洪寛工業村」を完成させた。 誘致された企業第1号は台湾からだった。中国とインドネシアは同年に国交を樹立した。 習氏は92年、福建省出身で「東南アジアのロックフェラー」の異名を持つ、インドネシア華僑財閥 「サリムグループ」の創始者、スドノ・サリム(同・林紹良)氏と面談している。 3年後の95年、福州市党委員会書記だった習氏が発表した論文「戦略と管理」は興味深い。 「僑務工作」(=華僑の力を結集する工作)に関する現状や戦略、展望を記した長文で、 「市の指導と海外200社の大華僑、大物取引先の連絡制度を創立することで、さらに密接に連携し、 理解を深め交流を促進していく」「老齢の華人(華僑)が元気なうちに、パイプ役となってもらい 新世代と仕事をしていく」などの記述がある。 習氏は85年から2002年まで、福建省を舞台にキャリアを積んでいく。華人社会は「血縁」 「地縁」「業縁」を、三縁と呼んで重視している。つまり、習氏の出世の背景には、アジア各国に 散らばる主に福建省出身華僑と、その資本が大きかったと考えられる。 そんな習氏の海外ネットワークの起点となっている福建省と密接な地域が日本にもある。 沖縄県那覇市だ。 那覇市と、習氏が党委員会書記を務めた福州市は81年から姉妹都市関係にある。 明朝初期に沖縄へ渡来した末裔(まつえい)は「久米三十六姓」と総称される。 「ルーツを訪ねる(福建省への)旅」も一時、流行した。那覇市長時代の翁長雄志知事も 何度か福州市を訪問しており、名誉市民の称号を受けている。 つまり、習政権は沖縄県を知り尽くしており、「中国の一部」とすら位置付けている。 沖縄が危ない。 =おわり ■河添恵子(かわそえ・けいこ) ノンフィクション作家。1963年、千葉県生まれ。 名古屋市立女子短期大学卒業後、86年より北京外国語学院、遼寧師範大学へ留学。 著書に『豹変した中国人がアメリカをボロボロにした』(産経新聞出版)、 『世界はこれほど日本が好き』(祥伝社)、共著に『国防女子が行く』(ビジネス社)など。 http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20151205/frn1512051530001-n1.htm 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch