15/06/10 00:01:35.60 oZMEbvkw0.net
>>288
大阪朝日新聞 1942.6.21(昭和17)
問 比島にきた最初の印象について
徳川侯 比島には十五年前に一度訪問、その後もフィリッピン協会長として絶えず接触していたがこんど来て見てその文化水準の上っているのに驚いているが東洋の一角に重いがけぬアングロサクソン文化、
それも極めてスポイルされたアングロサクソン文化の臭いをかいでいるという気持です。
問 なにか具体的な体験がおありですか
徳川侯 道路、ダンス、音楽、学校ことに普通教育の徹底、これはしばらくおいて田舎に出てほんの椰子の葉で掩われたニッパ・ハウスをのぞいてみてもそこにわれわれはミシンとアルバムを見出す、
そして人口六十万のマニラでは東京でもちょっと珍しい十いくつもの
壮麗な映画館と十いくつもの大学、専門学校が設けられている、インテリは口を開けば独立問題を論じ
「スペインは宗教を、アメリカは道路と教育をわれわれに与えた、日本はなにを与えるか」
とはやくも求める声だ、
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