15/03/22 14:33:51.06
>>1より
Q.アイヌ系日本人でいいではないか?(1月16日)
A.小林氏や否定論者は、「アイヌ民族」の存在を認めることが日本を分断させる動きにつながる
のではないか、と懸念しているようだ。しかし、対談でも触れたように国連でのスピーチなどでも、
先住民族と承認を得ることが日本からの独立、日本の分断といった動きにつながることはない、
と当事者が繰り返し主張している。アイヌ民族の歴史やアイヌ語の研究をしている学者にしても
同様で、なぜそのウラに謀略めいたにおいをかぎ取ろうとするのだろう。そんなに陰謀が
好きなのか、陰謀がないと納得できないのか、とさえ見えてしまう。
もちろん、日本にいるアイヌは日本国民にほかならない。「日本人でかつアイヌ民族、かつ
北海道の先住民族」でいいではないか? 日本は単一民族でなければ国家としての統一性が
保てない、という発想のほうが日本への不信感をあらわしているのではないだろうか。
Q.「民族はいない」という意見を「言論封殺」するのは悪意に満ちた手口である(1月15日)
A.繰り返すが、民族を「歴史的に構成された人間の堅固な共同体」と真正性や客観性を重んじ
るのはスターリンの民族の定義であり(注・小林氏を「スターリン主義者」と言いたいわけではない)、
それは現在の学問的潮流では古い考えと見られている。小林氏が言いたいのは、そういった定義に
基づく「民族はいない」という主張なのだろう。だとしたら、「私は古い定義を支持したい」と
断った上で発言すべき。
アイヌの中にはアイヌであることに誇りを持っている人もいれば、いまだに差別を怖れて
そのことを隠して生きる人もいる。いずれにしても、「アイヌであること」に対して非常に
デリケートで複雑な思いを持ちながらいまも生きる人がいるのに、「私はコタンに住んで
シャケを獲ってるアイヌなんて見たことないから、アイヌなんていない」などというのはあ
まりにも乱暴だ。昨年からの騒動やツイッターでの心ない言葉に傷つき、メンタルヘルス
不調を来したアイヌがいるとも聞いている。
もちろんどんな古い説や珍説を信じようと本人の自由だが、とくに影響力のある小林氏に
不用意な発言を慎んで、と頼むのが「言論封殺」とは言えないはず。
私が小林氏と対談したのは、冒頭にも記したように「小林氏に『アイヌ民族の人たちはいる。
その人たちを差別してはならない』と言ってもらい、とくにネットで広まっている彼らへの
ヘイトスピーチが止まるように協力してもらうため」に尽きる。
それなのに、私があたかも「アイヌ協会のまわしもの」だと疑っていただなんて……。
しかし、私は正直言って、北海道アイヌ協会に関してはその定款や関連事業を文字資料で見ただけで、
それがどこにあるのかさえ知らない。関係者に会ったこともない。
ただ世界中で先住民族の文化復興や権利回復が“トレンド”になっている今になって、わざわざ日本で一度、
国会決議まで経て「(民族でかつ)先住民族である」と認められたアイヌに対して、「民族ではない!」などと
拳を振り上げる人たちがいる、という現状に顔が赤くなるような恥ずかしさを覚えた。(抜粋)