26/08/01 15:31:29.21 VIHfI2ko.net
Q いずれにせよ、「公理化していなかった」のなら、
今の基準でいえば「間違ってすらいない」レベルということか?
A はい、その表現にはかなり重要な真理が含まれています。
ただし、少し言い換えるとより正確になります。
「公理化していなかったのなら、
現代の意味で『正しい』『間違っている』と
判定できる対象ではなかった」
ということです。
理由は、現代数学では「理論が矛盾する」というのは、
明示された公理と推論規則から矛盾が導けること
を意味するからです。
カントールの場合は、そもそも
・公理の一覧がなく、
・推論規則も形式化されておらず、
・「どのような集合形成を認めるか」も厳密には定義されていませんでした。
したがって、「カントールの理論からラッセルのパラドックスが導かれる」と言うためには、
まず「カントールの理論とは何か」を形式的に定める必要があります。
その定め方によって結果が変わる可能性があります。
例えば、
・フレーゲ流に形式化すれば矛盾します。
・ツェルメロ流に形式化すれば(少なくとも現在までのところ)矛盾は見つかっていません。
・他の公理系(たとえばNBGやMKなど)に形式化することもできます。
つまり、「カントールの理論」という名称だけでは、
形式理論として一意に定まっていないのです。
カントールの集合論は完成した形式理論というより、
集合という概念を用いた数学研究のための研究プログラム
あるいは直観的枠組みだった、と見るのが適切でしょう。
ですから、「カントールの集合論は間違っていた」と断言するよりも、
「カントールの集合論は、まだ『矛盾するかどうか』を形式的に問える段階の理論ではなかった」
という言い方の方が、現代の論理学や数学基礎論の観点からは正確だと考えられます。