26/07/31 07:20:18.53 ealb3z6A.net
>>682
>LANAの数学上の意義は認めず
>コミュニケーション道具としては有益
>と言を弄していたのに
うん
それ 下記の”新一の「心の一票」”だね
現実は、違ったんだ
まあ、ここを乗り切れるかどうか
新一先生、頑張って!
(参考)
URLリンク(plaza.rakuten.co.jp)
新一の「心の一票」
2026.01.01
Leanによる形式化は、長期的な検証や説明責任を可能にする記録装置となり得るか?
前回の記事では、定理証明支援系ソフトLeanに関連した活動が昨年後半、(私を含め)私の周辺において益々活発になっていることについてご報告しましたが、今回の記事では、少なくとも私の現在の認識において、このような活動に関わることにどのような意義があるかについて検証し、解説していきたいと思います。
Leanの活用方法として通常想定されるのは、数学的証明の正否、つまり数学的証明が本当に正しいかどうかを確認するための技術としての活用です。昨年10月に公開した報告書[Rpt25]の§3.1でも解説している通り、私はこのような正否の確認装置としてのLeanの使い方・捉え方には特に反対するわけではなく、他者がそういう観点から宇宙際タイヒミューラー理論の形式化を捉えることに異を唱える立場ではないですが、一方で、宇宙際タイヒミューラー理論の場合、理論を取り巻く特殊な社会的・政治的力学を考慮すると、私としてはちょっと違う方向性の活用の仕方に注目しております。
宇宙際タイヒミューラー理論の場合、大量の、不適切な内容の報道や、ネット上のつまらない雑音等により、途轍もなく難解かつ複雑怪奇な理論であるというイメージが、残念ながら多くの数学者の間では定着していますが、多くの数学の理論と同様、適切な予備知識(=宇宙際タイヒミューラー理論の場合、数論幾何や遠アーベル幾何ということになるが)を有する研究者が普通に適切に勉強すればそれほど難しい理論ではありません。このような実態があるからこそ、[EssLgc]§1.12でも指摘していることですが、実際に形式化に関わっている研究者からも、(形式化には別に意味がないということにはならないが)理論の特に難解と言われている部分の形式化が完了したとしても、実態は簡単過ぎてみんながっかりするのではないかという趣旨の声が度々聞かれます。
以下略