26/02/08 15:00:46.04 AftplHUJ.net
複数の証明があったら、どちらかは遠回りをしていたり同じことを言い換えたりしているだけなのか、それとも本質的に異なる証明なのか
2:132人目の素数さん
26/02/08 15:26:27.03 GvGEPq9G.net
ピタゴラスの定理は本質的に異なる証明法がある
3:132人目の素数さん
26/02/08 15:38:43.22 GvGEPq9G.net
証明の同一性の定義をどうするかが問題となるだろう
4:132人目の素数さん
26/02/08 17:02:10.75 qX+e6zyU.net
また糞スレ
5:132人目の素数さん
26/02/08 18:33:24.15 F7giqTmi.net
最適化したときに同じ証明になるかどうかじゃないか
6:132人目の素数さん
26/02/08 18:35:50.27 1tAgzUSy.net
具体的構成による証明は、構成の仕方が異なったら本質的に異なるだろ
7:132人目の素数さん
26/02/08 18:57:48.42 N57St0mH.net
沙羅双樹
8:132人目の素数さん
26/02/08 21:41:19.99 pTIb3MQT.net
公理系Aの下で、二つの証明P1とP2があって、
公理系Aの公理のうちの一つの公理A1は
証明P1の中では使われているが、
証明P2の中では使われていない
というようなことがあったとすれば、
P1よりもP2の方が優れたあるいは
本質的な証明だと言えるのではない
だろうか。でもそういうことが実際に
起こることがあるのだろうか?
9:132人目の素数さん
26/02/08 21:44:50.48 k9+HUAM9.net
仮定が少ないから優れた証明というわけではない
代数的整数論でアデールやゼータ函数を使う証明よりも、初等代数学だけで済む証明のほうが使っている仮定は少ないだろうが、前者のほうが応用範囲は広いし、見通しもいい
10:132人目の素数さん
26/02/13 00:44:57.40 XY1gdSKtY
証明で使った公理を減らした別証明があったら、単に無駄な事をしただけ
証明で使った公理を減らして別の公理を使った証明があったら、違う公理系でも成り立つと分かった事になる