25/12/28 23:07:55.97 /MsEo5qi.net
>>559
>>O-竹腰拡張定理の検証はあとでもできるし、だれか詳しい人に教えて貰えば良いんだよ
>O-竹腰拡張定理の検証はもっと簡単な別証でできるし、
>詳しい人なら割り算定理の系だと教えてくれる。
ID:K8Xj6wdB は、御大か
巡回ありがとうございます
やっぱ、親切な人はいるんだ
O-竹腰拡張定理を 使ってから理解するか
使う前に理解するか
ケースバイケース
どっちもありだし
分らないときに、聞ける友達をつくっておくのもあり
グロタンディークが、ジャン=ピエール・セールに聞きまくって いろいろカンニング(教えて貰い)したのは、公然のひみつだw (^^
(参考)
URLリンク(taro-nishino.blogspot.com)
taro-nishinoの日記
虚空―あたかも虚空から呼出されたかのように: アレクサンドル・グロタンディークの人生 前篇
3月 19, 2019
グロタンディークは1955年の1年をカンザス大学(おそらくN. Aronszajnの招待だろう。[Corr])で過ごした。そこで、グロタンディークはホモロジー代数に没頭し始めた。彼が"Sur quelques points d’algèbre homologique"[訳注: "ホモロジー代数のいくつかのポイントについて"]を書いたのはカンザス大学滞在中だった。この論文は、それが掲載されたTôhoku Mathematical Journal [To]の名前を冠して専門家の間で非公式に"東北論文"として知られるようになった
この時前後、グロタンディークはコレージュ・ド・フランスのジャン=ピエール・セール(グロタンディークは彼にパリで会ったし、後にはナンシーでも出会った)と文通を始めた。彼等の手紙のセレクションが元々の仏語で2001年、仏語-英語の二重バージョンが2003年に刊行された。[Corr] これは長く実りのある交流の始まりだった。手紙は、非常に異なる二人の数学者の間の深く活気に満ちた数学的絆を示す。グロタンディークは非常に飛んだイマジネーションを見せるが、セールの鋭い理解力と広い知識によってしばしば地上に戻されている。時々手紙の中でグロタンディークは驚くべきレベルの無知を示す。例えば、ある時点で、彼はセールにリーマンゼータ関数が無限個の零点を持つのか聞いている。([Corr]、ページ204) "彼の古典的代数幾何学の知識は実際にはゼロだった。私自身の古典的代数幾何学の知識は少しましだったが、大したことはなかった。しかし、それを用いて彼を助けようとした。だが...問題にならない質問が多過ぎた"とセールは回想した。グロタンディークは最新の文献についていく人ではなく、かなりな程度まで、何が行われているかを語るセールに依存した。収穫と種蒔きの中で、独学したことを除いて、幾何学で勉強したことの大部分はセールから学んだと書いた。(ページ555-556) だが、セールはグロタンディークに只単に教えたのではなかった。つまり、彼はアイデアを要約し、グロタンディークが反駁出来ないと分かる方法で要約を議論出来た。グロタンディークはセールを、アイデアの爆発のためヒューズに燃やさせるスパークを与える"起爆薬"と呼んだ。