河東泰之「セミナーの準備のしかたについて」は本当に正しいのか?at MATH
河東泰之「セミナーの準備のしかたについて」は本当に正しいのか? - 暇つぶし2ch465:132人目の素数さん
23/12/13 21:31:28.08 b464xS7y.net
>>442
>>”数学の基礎として公理的な集合論の代替として機能する”
>>”カテゴリ論理は現在、直観主義論理の型理論に基づいて明確に定義された分野”
> 上の二行には、ラッセルパラドックスを解決するって書いてないですよね 幻視?

"ラッセルのパラドックス"は、下記いわゆる
”自己言及のパラドックスまたは嘘つきのパラドックスとは、「この文は偽である」という構造の文を指し、自己を含めて言及しようとすると発生するパラドックスのことである”で

これは、直観主義論理の二重否定の法則を認めないことで
"ラッセルのパラドックス"は回避できるのです(常識ですよ)

(参考)
URLリンク(www.ne.jp)
直観主義論理 (intuitionistic logic )

直観主義においては、「ある命題かその命題の否定かのどちらかが必ず真である」という排中律(A∨¬A)は認められない。
また、Aではないことが真ではないからといって、Aが真であるとは言えないから、二重否定の法則(¬¬A⊃A)も認められない。
(したがって背理法の使用も制限される。)

URLリンク(ja.wikipedia.org)
二重否定の除去
二重否定の除去は古典論理では定理だが、直観主義論理ではそうではない。

URLリンク(math.artet.net)
直観主義論理の公理系

(参考)再録>>404
URLリンク(ja.wikipedia.org)
自己言及のパラドックス
自己言及のパラドックスまたは嘘つきのパラドックスとは、「この文は偽である」という構造の文を指し、自己を含めて言及しようとすると発生するパラドックスのことである。この文に古典的な二値の真理値をあてはめようとすると矛盾が生じる(パラドックス参照)。

「この文は偽である」が真なら、それは偽だということになり、偽ならばその内容は真ということになり……というように無限に連鎖する。同様に「この文は偽である」が偽なら、それは真ということになり、真ならば内容から偽ということになり……と、この場合も無限に連鎖する。

集合論におけるパラドックス (ラッセルのパラドックス)
詳細は「ラッセルのパラドックス」を参照


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