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つづき
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丹生 潔(にう きよし、1925年8月2日 - 2017年1月30日)は、日本の物理学者。名古屋大学名誉教授。専門は素粒子物理学。世界で最初の、第4のクォークである「チャームクォーク」の発見者
1943年 兵庫県立第一神戸中学校卒業
1945年 第一高等学校理科甲類卒業
1953年 名古屋大学理学部卒業
1956年 名古屋大学大学院を中退し、東京大学原子核研究所に就職
1961年 仁科記念賞受賞(受賞理由:中間子発生の火の玉模型の提唱)
1971年-1989年 名古屋大学理学部教授
業績・評価
1971年から名古屋大理学部教授を務め、原子核乾板の実験装置で得られた宇宙線の素粒子反応の中から、特異な様式で崩壊する新粒子を発見。同年の物理学会で、それを「X粒子」と名付けて報告した。この粒子は、広島大学の小川修三(後に名古屋大学)らによって、4つめのクォーク(当時の表現では「第4の粒子」)であると主張された[が、当時においては広く認められるまでには至らなかった。
しかしこのことが、小林誠や益川敏英に4つめのクォークの存在を確信させ、両者が小林・益川理論(クォーク6個の理論)を生み出す契機となった。小林誠は、ノーベル物理学賞の受賞記念演説において、丹生の業績を紹介している
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標準模型の歴史
クォーク模型に至る道は、20年に至る道のりであった。小林稔の2中間子仮説を、わずかばかり修正し、坂田の2中間子仮説が出る。その後、多くの素粒子を分類・理論化する試みがなされ(1949年2粒子からなるヤン・フェルミ模型など)、1953年にマレー・ゲルマン、西島和彦らのストレンジネスの同時発見がなされる。これらを元に、1955年に坂田昌一が坂田模型を発表し