純粋・応用数学 5at MATH
純粋・応用数学 5 - 暇つぶし2ch200:132人目の素数さん
20/10/27 06:06:03.54 RdShKY6k.net
代数学の基本定理は、複素数体が、代数方程式による数の拡大体で最大のものであることを示している。
これは、体論の言葉で言えば「複素数体は代数的閉体である」 ということになる。

201:132人目の素数さん
20/10/27 19:08:14.39 RdShKY6k.net
リゾルベント
URLリンク(en.wikipedia.org)(Galois_theory)
In Galois theory, a discipline within the field of abstract algebra, a resolvent for a permutation group G is a polynomial whose coefficients depend polynomially on the coefficients of a given polynomial p and has, roughly speaking, a rational root if and only if the Galois group of p is included in G. More exactly, if the Galois group is included in G, then the resolvent has a rational root, and the converse is true if the rational root is a simple root.
抽象代数学の一分野であるガロア理論では、順列群Gに対するレゾルベントとは、係数が多項式pの係数に多項式的に依存する多項式であり、pのガロア群がGに含まれる場合にのみ、大まかに言えば有理根を持つものである。
Nowadays they are still a fundamental tool to compute Galois groups. The simplest examples of resolvents are
・X^2-Delta where Delta is the discriminant, which is a resolvent for the alternating group. In the case of a cubic equation, this resolvent is sometimes called the quadratic resolvent; its roots appear explicitly in the formulas for the roots of a cubic equation.
The cubic resolvent of a quartic equation, which is a resolvent for the dihedral group of 8 elements.
The Cayley resolvent is a resolvent for the maximal resoluble Galois group in degree five. It is a polynomial of degree 6.
今ではまだガロア群を計算するための基本的なツールとなっています。リゾルベントの最も単純な例は
・X^2-Delta ここで、Deltaは判別子であり、交代群の利ゾルベントである。
 3次方程式の場合,このリゾルベントは2次リゾルベントと呼ばれることがある.
 その根は,3次方程式の根の公式の中に明示的に現れる.
・四分方程式の三次レゾルベントは、8要素の二面体群のためのレゾルベントである。
・ケイリーレゾルベントは、5次の最大可解ガロア群のレゾルベントである。
 次数6の多項式である。

202:132人目の素数さん
20/10/27 19:21:37.23 RdShKY6k.net
五次関数 #解ける五次関数
URLリンク(en.wikipedia.org)
To characterize solvable quintics, and more generally solvable polynomials of higher degree, Évariste Galois developed techniques which gave rise to group theory and Galois theory. Applying these techniques, Arthur Cayley found a general criterion for determining whether any given quintic is solvable. This criterion is the following.
可解な五次式、より一般的には高次の可解な多項式を特徴づけるために、 Évariste Galoisは群論とGalois理論を生み出した技術を開発した。これらの技術を応用して、アーサー・ケイリーは、与えられた五次式が解けるかどうかを判断するための一般的な基準を発見した。 この基準は以下の通りである。
quintics are solvable by radicals if and only if either they are factorisable in equations of lower degrees with rational coefficients or the polynomial named Cayley's resolvent, has a rational root in z
五項式は,有理な係数を持つ低次の方程式で因数分解可能であるか,ケイリーのリゾルベントと呼ばれる多項式がzの有理根を持つ場合に限り,根号によって解くことができる.
(注:ケイリーのリゾルベントの式は複雑なのでここでは記さない リンク参照)
Cayley's result allows us to test if a quintic is solvable. If it is the case, finding its roots is a more difficult problem, which consists of expressing the roots in terms of radicals involving the coefficients of the quintic and the rational root of Cayley's resolvent.
ケイリーの結果は,五次式が解けるかどうかを調べることを可能�


203:ノしている.もしそうであれば,その根を見つけることはより困難な問題である.これは,根を五次式の係数を含む根号とケイリーのリゾルベントの有理根で表現することからなる.



204:132人目の素数さん
20/10/27 19:51:10.47 RdShKY6k.net
正直、ベキ根で解くことに固執するのは、不毛
解けるか否か判定するのが面倒な上、
解けるとわかっても解を出すのがさらに面倒
一方fがn次多項式なら、
fはリーマン球面からリーマン球面への写像で
その写像度はnであるから、重解も含めてn個の解を持つ

205:132人目の素数さん
20/10/27 19:52:56.45 RdShKY6k.net
DKA法
URLリンク(www.slis.tsukuba.ac.jp)
n次方程式のn個の解を一度に計算する方法
知り合いが研究していたのもこの方法だった

206:132人目の素数さん
20/10/27 20:09:58.58 RdShKY6k.net
写像度
URLリンク(ja.wikipedia.org)
写像度(しゃぞうど、degree, mapping degree)とは、
コンパクト、弧状連結、向き付けられた同次元の多様体間での
連続写像を特徴付ける整数のこと。
写像のホモトピー不変量のひとつである。
円周 S^1上の連続写像 f : S^1 → S^1について、
f の像が S^1を(向きを込めて)何重に被覆するかを考える。
例えば、 S^1 を絶対値 1 の複素数の集合(群)とみなしたとき、
z を z^k にうつす写像は S ^1 を k 重に被覆する。
このように、写像 f が S^1 を k 重に被覆するとき、
f の写像度が k である、という。
このとき、 f を連続変形しても写像度は変化しないことがわかる。
n 次元球面 S^n上の連続写像 f : S^n → S^n や、
もっと一般に n 次元多様体 M, N の間の連続写像 f : M → N についても
同じように写像度を定義することができる。

207:132人目の素数さん
20/10/27 20:17:14.26 RdShKY6k.net
球面の間の連続写像の写像度とその応用
URLリンク(www.las.osakafu-u.ac.jp)
円周の間の連続写像に「写像度」と呼ばれる整数を対応させることにより,
連続写像の性質を調べるのが本論の目的である.
円周の間の連続写像の写像度とは, 直観的には,
円周上の点が円周を正の向きに 1 周するとき,
その点の像は円周を何回かまわるが,
この回数を符号まで込めて考えたものであるが,
これを厳密に定義するために最初の節で準備をする.
次に, 写像度の定義を与え, いくつかの重要な性質を証明し,
その応用として第 3 節では,Brouwer の不動点定理と呼ばれる結果や,
「複素数を係数とする代数方程式は複素数の範囲で解をもつ」という
代数学の基本定理などを示す.
さらに最後の節では, 写像度が高次元の球面の間の連続写像に対しても
定義されることについても言及し,
「3 次元空間における体積のある 3 つの領域を
 同時に 2 等分するような平面が存在する」
というハムサンドイッチの定理をはじめとする種々の応用例を示す.

208:132人目の素数さん
20/10/27 20:34:44.15 RdShKY6k.net
逆数学 と超準的手法: 代数学の基本定理 を題材 として
URLリンク(www.jstage.jst.go.jp)

209:132人目の素数さん
20/10/27 20:56:15.75 RdShKY6k.net
「代数学の基本定理でみる数学の世界」
URLリンク(togetter.com)
URLリンク(www.dropbox.com)
どこのどなたか存じませんが、なかなか面白い発表でございます

210:132人目の素数さん
20/10/28 20:02:34.96 X+n2XWW


211:D.net



212:132人目の素数さん
20/10/28 20:18:36.61 X+n2XWWD.net
>>197
s_1=-1*(x+y)
s_2=x*y
(∂s_1/∂x ∂s_1/∂y)
(∂s_2/∂x ∂s_2/∂y)
=
(-1 -1)
( y  x)
detをとるとy-x
y=xでなければ近傍では逆写像が獲れる

213:132人目の素数さん
20/10/28 20:38:29.85 X+n2XWWD.net
>>198
s_1=-1*(x+y+z)
s_2=xy+yz+zx
s_3=-1*xyz
(∂s_1/∂x ∂s_1/∂y ∂s_1/∂z)
(∂s_2/∂x ∂s_2/∂y ∂s_2/∂z)
(∂s_3/∂x ∂s_3/∂y ∂s_3/∂z)
=
( -1 -1 -1)
((y+z) (x+z) (x+y)
( -yz -xz -xy)
detをとると
 x^2y-x^2z-y^2z+y^2x+z^2x-z^2y
=(y-x)(z-y)(x-z)
つまり重根がなければ近傍では逆写像がとれる

214:132人目の素数さん
20/10/28 20:53:27.32 X+n2XWWD.net
Jacobian Rhapsody
URLリンク(www.youtube.com)
…なんちって

215:132人目の素数さん
20/10/29 06:06:15.98 ZX9ptk7R.net
さて代数方程式を解くことは、固有値問題を解くことに帰着できる
同伴行列
URLリンク(ja.wikipedia.org)
行列 A が適当な体 K に係数を持つ n × n 行列とすると、以下は同値:
・A はその特性多項式の K 上の同伴行列に相似である。
・A の特性多項式は A の最小多項式に一致する
 (これは「最小多項式の次数が n である」と言っても同じ)。
・A に対する巡回ベクトル v ∈ V = Kn が存在する。
 つまり、 {v, Av, A2v, …, An-1v} が V の基底となる。
 同じことだが、V は K[A]-加群として巡回的(かつ V = K[A]/(p(A)) である
 (このことを以って A は正常 (regular) であるという)。

216:132人目の素数さん
20/10/29 06:12:28.53 ZX9ptk7R.net
ヴァンデルモンドの行列式
URLリンク(ja.wikipedia.org)

217:132人目の素数さん
20/10/29 14:32:16.42 Fz9GA/S+.net
【数物】次に証明するべき数学の難題&予想とは【宇宙】
スレリンク(math板)

218:132人目の素数さん
20/10/29 19:24:25.84 ZX9ptk7R.net
>>203
発狂するならそちらのスレでやってください
灰も残らぬように焼き●してくれるでしょう

219:132人目の素数さん
20/10/29 19:29:36.88 ZX9ptk7R.net
カール・フリードリヒ・ガウス
URLリンク(ja.wikipedia.org)
ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス
([ɡaʊs];
 ドイツ語: Johann Carl Friedrich Gauß
 ラテン語: Carolus Fridericus Gauss、
 1777年4月30日 - 1855年2月23日)は、
ドイツの数学者、天文学者、物理学者である。
彼の研究は広範囲に及んでおり、
特に近代数学のほとんどの分野に影響を与えたと考えられている。
数学の各分野、さらには電磁気など物理学にも、
彼の名が付いた法則、手法等が数多く存在する。
19世紀最大の数学者の一人であり、
18世紀のレオンハルト・オイラーと並んで
数学界の二大巨人の一人と呼ばれることもある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
注:ガウスが生まれた頃、「ドイツ」という国はなかった
ガウスが生まれたのは、正しくは、神聖ローマ帝国の中の
ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル侯領である

220:132人目の素数さん
20/10/29 19:30:01.00 ZX9ptk7R.net
1777年 - ブラウンシュヴァイクに生まれる

221:132人目の素数さん
20/10/29 19:32:02.08 ZX9ptk7R.net
1792年(15歳) - 素数定理の成立を予想
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いまどき、数学の重要な予想を行う中学生がいたらお目にかかりたい

222:132人目の素数さん
20/10/29 19:34:33.74 ZX9ptk7R.net
1795年(18歳) - 最小二乗法発見
ーーーーーーーーーーーーーーー
最小二乗法なんて、高校ではまだ教えないな・・・オソロシイ

223:132人目の素数さん
20/10/29 19:36:32.80 ZX9ptk7R.net
1796年(19歳) - 平方剰余の相互法則の証明。
        コンパスと定規のみで正十七角形を作図できることを証明
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いまどき、数学の重要な新定理を証明する大学生がいたらお目にかかりたい

224:132人目の素数さん
20/10/29 19:37:55.89 ZX9ptk7R.net
1799年(22歳) - 代数学の基本定理の証明
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いまどき、卒論で数学の重要な新定理を証明した大学生がいたらお目にかかりたい

225:132人目の素数さん
20/10/29 19:40:07.34 ZX9ptk7R.net
1801年(24歳) - 『整数論の研究』出版 複素数表記、現代整数の表記導入
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いまどき、新理論について書かれた数学書を出版する大学院生がいたらお目にかかりたい

226:132人目の素数さん
20/10/29 19:40:50.58 ZX9ptk7R.net
1801年(24歳) - 円周等分多項式の研究

227:132人目の素数さん
20/10/29 19:43:37.23 ZX9ptk7R.net
1807年(30歳) - ゲッティンゲンの天文台長になり、以後40年同職につく
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いまどき、重要な数学の研究を行う会社勤めの「数学者」がいたらお目にかかりたい

228:132人目の素数さん
20/10/29 19:47:21.11 ZX9ptk7R.net
1809年(32歳) - 『天体運行論』出版 最小二乗法を用いたデータ補正、正規分布
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本業の天文学者でも大したもんなのに、チャチく見えるのは気のせいか?

229:132人目の素数さん
20/10/29 19:48:28.71 ZX9ptk7R.net
1811年(34歳) - 複素積分、ガウス平面(複素数平面)ベッセルへの手紙
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ほんとうはもっといろいろやってるはずなんだがな・・・

230:132人目の素数さん
20/10/29 19:50:06.08 ZX9ptk7R.net
1827年(50歳) - 『曲面の研究』出版、微分幾何学を創始
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なんもいえねぇ・・・

231:132人目の素数さん
20/10/29 19:51:37.54 ZX9ptk7R.net
1855年(78歳) - ゲッティンゲンで死去
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まだ、ドイツ帝国ができる前ですね

232:132人目の素数さん
20/10/29 19:54:38.35 ZX9ptk7R.net
ガウスはドイツのブラウンシュヴァイクで、
煉瓦職人の親方であった父親と、慎ましい母親の下に生まれた。
両親ともに学問とは全く無縁の家庭環境で育ったにも関わらず、
彼は子供の頃から並み外れた神童ぶりを発揮していたと言われ、
下記のような小学校時代の逸話が伝わっている。
ガウスが7歳の時、算数の授業で教師が
「1から100までの数字すべてを足せ」
という問題を出し、生徒たちが問題を解くには相当な時間がかかるだろう
と考えていたが、ガウスはわずか数秒で「5050」という解答を出し、
教師を驚かせた。
1から100までの数字を足していくと、
1+100=101、2+99=101、…、50+51=101で、
101の集まりが50個できるため、101×50=5050になる
とガウスは計算したのである。
この逸話が事実であれば、ガウスは等差級数の和の公式を
わずか7歳で独自に発見していたことになる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こういう話を聞くと
・早期教育って小賢しいガキを作るだけ
・天才はほっといても生まれる
と思う。

233:132人目の素数さん
20/10/29 19:56:30.01 ZX9ptk7R.net
1792年頃、15歳当時の彼は、一日15分ずつの予備の時間を当てて
1000個ずつの自然数にそれぞれいくつの素数が


234:現れるかを調べ、 その次第に減っていく様子から、約100年後に証明されることになる 素数定理を予想した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 数学ヲタクといっていいな



235:132人目の素数さん
20/10/29 20:01:55.02 ZX9ptk7R.net
7歳になるとガウスは地元の小学校に入った。
ここでビュットナー校長によって算数を習うものの、
すでにガウスは習得済みであった。
このため、校長は自費でより高級な算術の教科書を
ハンブルクから取り寄せたが、すぐに読み終えてしまった。
ここで校長は「これ以上教えられることはない」と述べたようである。
そこで校長は、助手であるヨハン・バーテルスにガウスを任せることにした。
ガウスとバーテルスは共に学び、教科書を改良したり、
新しい概念を生み出すようになった。
バーテルスはブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公フェルディナントの
知人であり、1791年にガウスは彼に謁見して援助を受けられるようになった。
この経済的支援によって進学し、1795年にゲッティンゲン大学に行くことができた。
その後、1798年にはブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル侯領にあった
ヘルムシュテット大学へと移り、1807年に再びゲッティンゲンに移るまで
ここで過ごした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今でいうとこんな感じか
URLリンク(ajer.cocolog-nifty.com)
でも飯高先生がついていながら研究テーマが
なんかショボい気がするのは気のせいか

236:132人目の素数さん
20/10/29 20:10:00.47 ZX9ptk7R.net
ガウスは奨学金を得て大学に進み、数々の重要な発見を行った。
彼は、古代ギリシアの数学者達に起源を持つ
定規とコンパスによる正多角形の作図問題に
正確な必要十分条件を与え、
正17角形が作図できることを発見した(1796年3月30日)。
作図できる正素数角形は古来から知られていた正三角形と正五角形のみだと
考えられていたのでこの発見は当時の数学界に衝撃を与えた。
作図できる正多角形の種類が増えたのは約二千年ぶりのことであった。
彼はこの結果を非常に喜び、この成果である正17角形を墓標に刻むように申し入れた
(結局、これは実現されなかったが、彼の記念碑には正17角形が刻まれている)。
また、この発見の日より、数学的発見を記述したガウス日記を付け始め、
また自分の将来の進路を数学者とすることに決めたといわれる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
20世紀だとトポロジストのジョン・ミルナーが
プリンストン大学の学生時代に当時の未解決問題を
解いたとかいう話がありますけどね

237:132人目の素数さん
20/10/29 20:13:46.19 ZX9ptk7R.net
ガウスの最も偉大な貢献は数論の分野である。
この分野だけが、その全貌ではないにしろ
ガウスの研究が体系的にまとめられて出版された。
それが1801年に発表した Disquisitiones Arithmeticae であり、
そのほとんどのページが二、三元の二次形式の研究に当てられている。
この本は、数の合同の記号を導入し合同算術の明確な表現を与え、
平方剰余の相互法則の初の完全な証明などが与えられている。
自然数の素数による一意分解の定理が明確に言明され、
証明されたのもこの本が最初であった。
また今日でいうところの円分体の理論が記述されているほか、
素数定理に対する予想が述べられている。
しかしこの本は、トップ数学者からの評価は発行当初から非常に高かったものの、
あまりにも時代を抜きん出た難解な著作であり、
その上出版社の問題から発行部数が相当低かったこともあって、
実際には当時理解できるものは限られていた。
結局それがようやく大勢に理解されるようになるのは、
約50年後にそれを詳しく解読し講義したディリクレの時代になってからである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
20代で書いた本が、他の数学者たちに理解されるようになるのが
50年後って/(^o^)\ナンテコッタイ

238:132人目の素数さん
20/10/29 20:19:34.63 ZX9ptk7R.net
ガウスは発表はしなかったが、解析学の分野でも時代を先んじた研究を行っていた。
当時はまだ複素数が完全なる市民権を得ておらず、
できれば使用を避けたいという風潮のあった時代であった。
そのため、ガウスは代数学の基本定理を証明した学位論文では
誤解を避けるために虚数を表に出さず、
多項式が実数の範囲内で1次または2次の因数に分解されるとした。
そのような時代にあっても、早くから虚数への偏見から
完全に自由であったガウスは複素数の世界に深く分け入り、
数多の美しい結果を得た。
まず1797年から始まる楕円関数の最初の研究、レムニスケート関数の発見である。
そして1800年には一般楕円関数を発見し、その理論を展開した。
楕円関数の発見が世の中に最初に公表されたのは
1828年のクレレ誌上のニールス・アーベルの論文によってであるから、
ガウスがいかに時代を先んじていたかが分かる。
また同じ1800年頃、モジュラー関数を発見してその理論を組み立てたが、
それはデデキントの同種の仕事に先立つこと50年であった。
一方、関数論は1825年のコーシーの虚数積分の論文に端を発し、
その後30年を掛けて対象としての解析関数の認知にまで発展したが、
ガウスには1811年にはすでに、後に「コーシーの積分定理」として知られる事柄を
確実に把握し、使いこなしていた。
すでに1790年代の中頃からガウス平面上で物事を考えていたガウスの眼には
二重周期関数の存在は自明で、三角関数の拡張を目指して楕円積分の逆関数を考え、
その結果 「楕円関数」を得たのもごく自然の動きであり、
また複素積分での積分路の役割を考えてコーシーの積分定理の内容に逢着したのも
これまたごく自然であろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
楕円関数のみならずモジュラー関数まで20代で見つけていたとは・・・

239:132人目の素数さん
20/10/29 20:29:43.43 ZX9ptk7R.net
ガウスは1791年以降、1806年にブラウンシュバイク公爵が死去するまで
彼に援助されて研究生活をしていた。
支援は潤沢で生活に困ってはおらず、ガウス自身も
公爵には強い感謝の念を持っていたが、
数学そのものがそれほど世の中の役に立つとは考えていなかった
(注、職業数学者というポストが成立したのは主に大学制度が出来てからで、
 それ以前は貴族王侯の名誉を支える一種の芸人として仕えるあるいは
 助成を受ける者として、あるいは自然科学や産業上の研究と不可分な形で、
 または個人の名誉の探求行為としてのみ存在した)。
そのため、彼自身は天文学者になることを願うようになり、
1801年に発見後行方不明になっていたケレスの軌道決定の功績が認められて
1807年にゲッティンゲンの天文台長になった。
そこでも測定用機材の開発(ガウス式レンズの設計)、
楕円関数の惑星の摂動運動への応用、
力学に於ける最小作用の法則の定式化の一つである
「ガウスの最小拘束の原理」など、数々の発見を行っている。
-----------------------------------
昨今はGAFAMといわれる情報技術産業の大企業がこぞって数学科出身者を
雇っているそうだが、そこから世界的数学者は生まれるのであろうか?

240:132人目の素数さん
20/10/29 20:46:07.69 ZX9ptk7R.net
測量への興味から曲面論を創始し、後のリーマン幾何学に影響を与えた。
1827年に『曲面の研究』(


241:羅: Disquisitiones generales circa superficies curvas)を出版し、 曲面の面積と対応する単位球面の面積の無限小比として意味付けられる曲率 (今日ではガウス曲率と呼ばれる)が、曲面の内在的量にのみ依存すること を示し、ラテン語で Theorema Egregium(驚異の定理)と呼んだ。 この定理は、微分幾何学においてガウスの基本定理、 あるいは単にガウスの定理とも呼ばれる。 ガウスは非ユークリッド幾何学の一つである双曲幾何学の発見者でもある。 しかしそれに関する発表は一切行わなかった。 友人であるファルカス・ヴォルフガング・ボヤイは ユークリッド幾何学以外の公理を発見しようと多くの年月を費やしたが 失敗した。ボヤイの息子であるヤーノシュ・ボヤイは 1820年代に双曲幾何学を再発見し1832年に結果を発表した。 これについてガウスは「書かなくて良くなった」と発言している。 ---------------------------------- 数論や楕円関数やモジュラー関数は完全に「趣味」だが 微分幾何は「実益」から出たもののようだ



242:132人目の素数さん
20/10/29 21:06:11.22 ZX9ptk7R.net
ガウスは信心深く、保守的な人物だった。
君主制を支持し、フランス革命の際にはナポレオンと対立した。
彼は他の数学者と一緒に何かをすることはほとんどなく、
あまり人と打ち解けることのない厳粛な人だったと多くの人が伝えている。
言語に優れ数カ国語を操ることができたため外国の新聞から情報を入手でき、
また統計学的な知識もあったため、投資に成功して
安定した財産を築くことができた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
はぁ、さようですか

243:132人目の素数さん
20/10/29 21:08:05.48 ZX9ptk7R.net
私生活では、ヨハンナ・オストホフ(Johanna Osthoff, 1780年 - 1809年)と
1805年に結婚した。
彼はヨハンナを精神的な意味も込めて溺愛しており、
幸せな結婚生活を送ったものの、ヨハンナは1809年に若くして亡くなり、
さらにそれを追うように次男ルイスも夭逝した。
彼女の死は彼の精神に大きなショックを与え、
以後完全に回復することはなかった。
ルイスの死後すぐに、フリーデリカ・ヴィルヘルミーネ・ヴァルトエック
(Friederica Wilhelmine Waldeck, 愛称ミンナ:Minna)と再婚したものの、
この結婚から得られた幸せは希薄なものだったようである。
ガウスはヨハンナの面影が忘れられず、
再婚相手のミンナへの手紙にもそのことを書く始末であった。
ミンナも1831年に長い病気の末に亡くなり、
その後は娘のテレーズ (Therese) が身の回りの世話をしていた。
また、ガウスは母親とも1817年から彼女の亡くなる1839年まで一緒に住んでいた。

244:132人目の素数さん
20/10/29 21:09:59.23 ZX9ptk7R.net
子供は2人の妻に3人ずつ、合計6人もうけた。
ヨハンナとの間の子供は、
ヨゼフ(Joseph, 1806年 - 1873年)、
ヴィルヘルミーナ(Wilhelmina, 愛称はやはりミンナ, 1808年 - 1846年)、
ルイス(Louis, 1809年 - 1810年)である。
なかでもヴィルヘルミーナの才能はガウスに近いものがあったと言われているが、
彼女も若くして亡くなってしまう。
ミンナ・ヴァルトエックとの間の子供は
オイゲネ(Eugene, 1811年 - 1896年)、
ヴィルヘルム(Wilhelm, 1813年 - 1879年)、
テレーズ(Therese, 1816年 - 1864年)
がいる。
オイゲネは1832年頃父の元を離れて
アメリカ合衆国ミズーリ州のセント・チャールズに移住した。
しばらく後にヴィルヘルムもミズーリ州に渡り、
農業を始め、後にセントルイスで靴のビジネスで成功した。
テレーズは結婚した後も


245:ガウスの面倒を見て家に留まった。



246:132人目の素数さん
20/10/29 22:38:55.06 Cgg5fjoN.net
ガウスが>>173の「ガウスの二項係数」をどう思いついたか定かではないのですが
自然に導出する契機は分かりました。
要は、非可換な変数に関する二項定理と考えられるんですね。
XとYが非可換で、YX=qXYをみたすとして
(X+Y)^nを展開すると、自然に現れる。

247:132人目の素数さん
20/10/30 20:03:34.19 iuPqYV+w.net
>>229
なるほど・・・ただ、ガウスが非可換性を意識してたかどうかはわかりませんね

248:132人目の素数さん
20/10/30 20:05:21.92 iuPqYV+w.net
さて、ガウスの次はこの人をとりあげる
ベルンハルト・リーマン
URLリンク(ja.wikipedia.org)
ゲオルク・フリードリヒ・ベルンハルト・リーマン
(ドイツ語: Georg Friedrich Bernhard Riemann,
 1826年9月17日 - 1866年7月20日)は、
ドイツの数学者。解析学、幾何学、数論の分野で業績を上げた。
アーベル関数に関する研究によって当時の数学者から高く評価されたが、
先駆的な彼の研究は十分に理解されず、20世紀になって
彼のそれぞれの研究分野で再評価されるようになった。
19世紀を代表する数学者の一人である。

249:132人目の素数さん
20/10/30 20:06:03.02 iuPqYV+w.net
ベルンハルト・リーマンは
ハノーファー王国ダンネンベルク (Dannenberg) 近くの小村
ブレゼレンツ (Breselenz) に牧師の息子として生まれた。

250:132人目の素数さん
20/10/30 20:06:33.22 iuPqYV+w.net
1847年に、ゲッティンゲン大学に入学、
カール・フリードリヒ・ガウスと初めて出会った。

251:132人目の素数さん
20/10/30 20:07:19.66 iuPqYV+w.net
同年ベルリン大学に移り、
ペーター・グスタフ・ディリクレ、
カール・グスタフ・ヤコブ・ヤコビ、
フェルディナント・ゴットホルト・マックス・アイゼンシュタイン
から楕円関数論や偏微分方程式論を学んだ。

252:132人目の素数さん
20/10/30 20:07:46.23 iuPqYV+w.net
1849年にゲッティンゲン大学に戻り、1851年にガウスのもとで
論文「1複素変数関数の一般理論の基礎づけ」を提出して博士号を取得

253:132人目の素数さん
20/10/30 20:08:13.09 iuPqYV+w.net
1854年には「幾何学の基礎にある仮説について」で大学教授資格を取得した。

254:132人目の素数さん
20/10/30 20:09:09.12 iuPqYV+w.net
ガウスは若い数学者をほとんど評価しなかったが、
リーマン幾何学に関する講演は高く賞賛した。

255:132人目の素数さん
20/10/30 20:09:46.78 iuPqYV+w.net
1857年に予備教授となり、1859年にディリクレの後継者として正教授になった。

256:132人目の素数さん
20/10/30 20:10:22.73 iuPqYV+w.net
1862年に妹の友人エリーゼ・コッホと結婚し娘が生まれたが、
この時期から結核の病状が悪化してイタリアで療養するようになった。

257:132人目の素数さん
20/10/30 20:11:15.73 iuPqYV+w.net
1866年、旅の途中にマッジョーレ湖の近くで39歳で亡くなった。

258:132人目の素数さん
20/10/30 20:15:48.57 iuPqYV+w.net
リーマンといえば、リーマン面
URLリンク(ja.wikipedia.org)
数学、特に複素解析においてリーマン面(Riemann surface)とは、
連結な複素 1 次元の複素多様体のことである。
ベルンハルト・リーマンにちなんで名付けられた。
リーマン面は、複素平面を変形したものと考えられる。
各点の近くで局所的には、複素平面の部分に似ているが、
大域的位相は大きく異なり得る。
例えば、球面、トーラス、または互いに糊付けした二枚の面のように見え得る。

259:132人目の素数さん
20/10/30 20:16:28.59 iuPqYV+w.net
リーマン面の主要な意味合いは、正則関数がそこで定義できることである。
今日、リーマン面は正則関数、特に、平方根や自然対数等の多価関数の
大域的振る舞いを研究するための自然な土台と考えられている。

260:132人目の素数さん
20/10/30 20:17:24.92 iuPqYV+w.net
全てのリーマン面は向きづけ可能な実 2 次元の実解析的多様体(従って曲面)であって、
正則関数を一義的に定義するために必要な追加的構造(特に複素構造)を含む。
2 次元実多様体は、それが向き付け可能な場合、かつその場合に限り、
(通常は、等価でない複数の方法により)リーマン面にすることができる。
従って、球面やトーラスは複素構造を持ち得るが、
メビウスの輪、クラインの壺および射影平面は持ち得ない。

261:132人目の素数さん
20/10/30 20:18:24.89 iuPqYV+w.net
リーマン面は、でき得る限り良い特性を有しているという幾何学的事実から、
他の曲線、多様体または代数多様体に対し一般化の直感および動機をしばしばもたらす。
リーマン・ロッホの定理は、この影響の第一の例である。

262:132人目の素数さん
20/10/30 20:18:56.34 iuPqYV+w.net
コンパクトなリーマン面の理論は、複素数上に定義される
非特異な射影的代数曲線の理論と等価である。

263:132人目の素数さん
20/10/30 20:23:08.63 iuPqYV+w.net
代数曲線
URLリンク(ja.wikipedia.org)
複素曲線と実曲面
(複素代数曲線の)位相次元は 2、つまり曲面になる。
この曲面の位相的種数(つまりハンドル体やドーナツ穴の数)は、
代数曲線の幾何種数に等しく、代数的な意味で計算することができる。
次数 d の非特異曲線の平面射影を考えるとき、
常特異点(相異なる接線を持つ重複度 2 の特異点)しか持たないならば、
その種数は (d - 1)(d - 2)/2 - k となる。
ただし、k はそのような特異点の数とする。

264:132人目の素数さん
20/10/30 20:24:55.83 iuPqYV+w.net
楕円曲線
楕円曲線を有理点を持つ種数 1 の任意の曲線として定義することができる。
よく用いられるモデルは非特異平面三次曲線で、
これは種数 1 の任意の曲線のモデルとして十分である。

265:132人目の素数さん
20/10/30 20:26:04.06 iuPqYV+w.net
種数 1 より大きな曲線
1 より大きな種数を持つ曲線は有理曲線とも楕円曲線とも著しく異なる。
有理数体上定義されたそのような曲線は、
ファルティングスの定理により有理点を有限個しか持たず、
またそのような曲線は双曲幾何構造を持つものと見ることができる。
例として、超楕円曲線、クラインの四次曲線、
フェルマー曲線 x^n + y^n = z^n (n ≥ 3) などが挙げられる。

266:132人目の素数さん
20/10/30 20:44:10.46 iuPqYV+w.net
代数曲線のモジュラス
URLリンク(en.wikipedia.org)
In algebraic geometry, a moduli space of (algebraic) curves is a geometric space
(typically a scheme or an algebraic stack) whose points represent isomorphism
classes of algebraic curves.
It is thus a special case of a moduli space. Depending on the restrictions
applied to the classes of algebraic curves considered, the corresponding
moduli problem and the moduli space is different.
One also distinguishes between fine and coarse moduli spaces
for the same moduli problem.
代数幾何学では、(代数的)曲線のモジュライ空間は、
点が代数的曲線の同型クラスを表す幾何学的空間
(典型的にはスキームや代数的スタック)である。
したがって、これはモジュライ空間の特殊なケースである。
考慮される代数的曲線のクラスに適用される制限に応じて、
対応するモジュライ問題とモジュライ空間は異なる。
また、同じモジュライ問題でも細かいモジュライ空間と
粗いモジュライ空間を区別することができる。

267:132人目の素数さん
20/10/30 20:46:31.56 iuPqYV+w.net
The most basic problem is that of moduli of smooth complete curves
of a fixed genus. Over the field of complex numbers these correspond
precisely to compact Riemann surfaces of the given genus, for which
Bernhard Riemann proved the first results about moduli spaces,
in particular their dimensions ("number of parameters on which
the complex structure depends").
最も基本的な問題は、固�


268:闔岦狽フ滑らかな完全曲線のモジュライの問題である。 複素数の場において、これらは与えられた種数のコンパクトなリーマン曲面に 正確に対応しており、ベルンハルト・リーマンは、モジュライ空間、 特にその次元(複素構造に依存するパラメータの数)についての 最初の結果を証明しました。



269:132人目の素数さん
20/10/31 08:59:56.70 CLm9DCft.net
タイヒミュラー空間
URLリンク(en.wikipedia.org)
Moduli spaces for Riemann surfaces and related Fuchsian groups have been studied since the work of Bernhard Riemann (1826-1866), who knew that 6g-6 parameters were needed to describe the variations of complex structures on a surface of genus g>= 2.
The early study of Teichmüller space, in the late nineteenth–early twentieth century, was geometric and founded on the interpretation of Riemann surfaces as hyperbolic surfaces.
Among the main contributors were Felix Klein, Henri Poincaré, Paul Koebe, Jakob Nielsen, Robert Fricke and Werner Fenchel.
リーマン曲面とそれに関連するフックス群のためのモジュライ空間は、種数g>=2の曲面上の複雑な構造の変化を記述するために6g-6のパラメータが必要であることを知っていたBernhard Riemann (1826-1866)の仕事以来、研究されてきた。
19世紀後半から20世紀初頭にかけてのタイヒミュラー空間の初期の研究は、幾何学的なものであり、リーマン曲面を双曲面として解釈することに基づいていた。
主な貢献者には、フェリックス・クライン、アンリ・ポアンカレ、ポール・コーベ、ヤコブ・ニールセン、ロベルト・フリック、ヴェルナー・フェンチェルなどがいる。

270:132人目の素数さん
20/10/31 09:03:57.66 CLm9DCft.net
The main contribution of Teichmüller to the study of moduli was the introduction of quasiconformal mappings to the subject.
They allow us to give much more depth to the study of moduli spaces by endowing them with additional features that were not present in the previous, more elementary works.
After World War II the subject was developed further in this analytic vein, in particular by Lars Ahlfors and Lipman Bers.
The theory continues to be active, with numerous studies of the complex structure of Teichmüller space (introduced by Bers).
タイヒミュラーのモジュライ研究への主な貢献は、擬等角写像の導入であった。
これにより、それまでの初歩的な研究にはなかった付加的な特徴を与え、モジュライ空間の研究に深みを与えることができるようになった。
第二次世界大戦後、主題はこの分析的な流れの中で、特にLars AhlforsとLipman Bersによってさらに発展した。
この理論は現在も活発に活動しており、タイヒミュラー空間の複素構造(Bersによって導入された)の研究が数多く行われている。

271:132人目の素数さん
20/10/31 09:09:03.74 CLm9DCft.net
The geometric vein in the study of Teichmüller space was revived following the work of William Thurston in the late 1970s, who introduced a geometric compactification which he used in his study of the mapping class group of a surface.
Other more combinatorial objects associated to this group (in particular the curve complex) have also been related to Teichmüller space, and this is a very active subject of research in geometric group theory.
タイヒミュラー空間の研究における幾何学的な脈絡は、曲面の写像類群の研究で使用した幾何学的なコンパクト化を導入した1970年代後半のウィリアム・サーストンの仕事によって復活しました。
このグループに関連する他のより多くの組合せ対象(特に複素曲線)もまた、タイヒミュラー空間に関連しており、これは幾何学的群論の研究の非常に活発な主題である。

272:132人目の素数さん
20/10/31 09:13:18.85 CLm9DCft.net
>>251-253 まとめ
・「タイヒミュラー空間」を見つけたのは、タイヒミュラーじゃなくてリーマン
・タイヒミュラーがやったのは、擬等角写像の導入
・写像類群による(トポロジー的な)研究を始めたのはサーストン

273:132人目の素数さん
20/10/31 16:44:54.06 CLm9DCft.net
写像類群
URLリンク(en.wikipedia.org)
The mapping class groups of surfaces have been heavily studied, and are sometimes called Teichmüller modular groups (note the special case of MCG(T^2) above), since they act on Teichmüller space and the quotient is the moduli space of Riemann surfaces homeomorphic to the surface.
These groups exhibit features similar both to hyperbolic groups and to higher rank linear groups.
They have many applications in Thurston's theory of geometric three-manifolds (for example, to surface bundles).
The elements of this group have also been studied by themselves: an important result is the Nielsen–Thurston classification theorem, and a generating family for the group is given by Dehn twists which are in a sense the "simplest" mapping classes.
Every finite group is a subgroup of the mapping class group of a closed, orientable surface, in fact one can realize any finite group as the group of isometries of some compact Riemann surface (which immediately implies that it injects in the mapping class group of the underlying topological surface).
曲面の写像類群は,これまで熱心に研究されてきており,タイヒミュラー空間に作用し,商がその曲面に同形のリーマン曲面のモジュライ空間であることから,タイヒミュラーモジュラー群と呼ばれることもある(上記のMCG(T^2)の特殊なケースに注意).
これらの群は双曲群と高位線形群の両方に似た特徴を示す。
これらの群は、サーストンの幾何学的三次元多様体の理論において多くの応用がある(例えば、曲面束への応用)。
この群の要素はそれ自体も研究されており、重要な結果はNielsen-Thurstonの分類定理であり、この群の生成族はある意味で「最も単純な」写像類であるDehnのねじれによって与えられている。
すべての有限群は,閉じた方向性のある曲面の写像類群の部分群であり,実際には,任意の有限群をコンパクトなリーマン曲面の等長写像の群として実現することができる(これは,すぐに,その下にある位相曲面の写像類群に包含することを意味する).

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