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数学通信誌
書 評
ルベーグ積分入門
テレンス・タオ 著,舟木直久 監訳,乙部厳己 訳
朝倉書店,2016 年
Mynd, Inc.
原 啓介
(抜粋)
テレンス・タオと言えば,皆さんご存じの通り,非常に広い分野で活躍している,万
能型の天才的数学者であり,世界一のパズルソルバだと言っても過言ではないでしょう.
そのタオがルベーグ積分論の教科書を書いたのは,私にはちょっとした驚きでした.な
ぜなら,ルベーグ積分論(積分論,測度論)は地味と申しましょうか,はっきり言えば,
退屈な科目だという印象があるからです.もっと正直になれば,複雑な議論をしたあげ
く当たり前のことを保証するだけの科目ではないか,と.
では,天才タオは積分論の教科書をどう書いたか.それを解説する前に,積分論を講
義する,または教科書を書く上での二通りの方針について整理しておきたいと思います.
第一の方針は,特にルベーグ測度に重点を置いて,実解析学の文脈でおおむね歴史の発展
順に書く方法,そして第二の方針は天下りに抽象的な測度の定義を与える方法です.無
論,それぞれ一長一短であり,入門した後の「その先」をどう考えるかや,各先生の好
みや問題意識によって,この二つの方針のブレンドの具合が変わってくるわけです.
第一の方法の長所は,まず何より自然であることです.複雑な図形の面積や体積を内
側から,または外側から,小さな正方形や立方体のような基本図形の和集合で近似する
という考え方は,ギリシャ時代以来の伝統です.ユークリッド空間の中の図形の面積や
体積のような自然な概念に,自然な近似でアプローチし,ある種の「完備化」によってル
ベーグ測度へ拡張して,さらに一般の測度へと抽象化,整理する.これ以上自然なアイ
デアはないでしょう.さらに,この近似のアプローチは解析学の王道でもあります.
さて,タオはどちらのアプローチを用いたか,というと前者,第一の方法です.しか
も最右翼(最左翼かも知れませんが)であることは,本書から「ルベーグ可測性」の定
義 (本書 p.19, 定義 1.2.2) を引用すれば一目瞭然でしょう.
つづく