19/12/14 19:20:27.33 s6Tab8iq.net
>>407
つづき
阿部氏の業績を解説するためにまず,その中核をなす「数論的 D 加群」について簡単
に歴史的背景を説明しよう.有限体上の多様体の L 関数に関する Weil 予想に触発された
Grothendieck は,一般の体 (特に有限体) k 上の代数多様体にたいして定義される良いコ
ホモロジー理論 (Weil コホモロジー) のひとつとして ? 進エタール・コホモロジーを導入
した.ここで ? は k の標数 p とは異なる素数で,? 進エタール・コホモロジーは k の絶対
ガロア群が自然に作用する Q? 上の線形空間である.これは C 上の代数多様体の特異コホ
モロジーの数論的類似物とみることができる.しかし,? 進エタール・コホモロジーは代
数多様体の p 進的性質に関する情報を十分に与えるものではないため,Qp 上の線形空間
に値を取る p 進コホモロジー理論の構成が求められることになる.滑らかでアファインな
代数多様体にたいしては Monsky と Washnitzer が,滑らかで固有なときは Grothendieck
がそのようなコホモロジー理論を構成した.Berthelot はこれらを統合かつ一般化して,
リジッド・コホモロジーと呼ばれる一般の代数多様体にたいする p 進コホモロジー理論を
構成した.さらに Berthelot はリジッド・コホモロジーの変動理論ともいえる数論的 D 加
群の理論を提唱した.リジッド・コホモロジーは標数 0 の体上の代数多様体に対するド・
ラーム・コホモロジーの正標数類似であり,数論的 D 加群は柏原らによって詳細に研究
された D 加群の理論の正標数類似と考えられる.数論的 D 加群の構成は標数 0 の場合よ
りはるかに難解で,まず多様体をそれが定義されている体を剰余体とする完備離散付値環
上の形式的スキームに持ち上げ,その上の無限階数を許した微分作用素環を適当な位相に
ついて完備化して定義される.数論的 D 加群は数論幾何の諸問題へのさまざまな応用が
期待される強力な理論である.しかし,いまだ多くの未解決問題が存在する未完成な理論
でもある.
つづく