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流体力学と数学 日本数学会年会市民講演会(2013 年 3 月 24 日)
京都大学数理解析研究所 岡本 久
流体力学には不思議な魅力がある.美しい流れや波は浮世絵のモチーフとして頻繁に取り上げら
れたし,レオナルド・ダ・ヴィンチのデッサンに多くの流れの絵が含まれていることはよく知られ
ている.これとは別に,誰にも明白に思える流れの現象が一旦数学的に定式化されるととたんに難
しい問題になることがあり,これがプロの数学者には魅力となることもあり,一方で初学者を遠ざ
ける原因となることもある.流体中の抵抗(あるいは波の抵抗)の問題や浮力の問題などは機械学
ではきわめて重要である.地盤の液状化など,専門家でもよくわかっているとは言えない領域もあ
る.長年数理流体力学の研究に携わったものとして,いくつかの問題を指摘してみたい.
6.ミレニアム問題
ナヴィエ-ストークス方程式を有名にしている理由は多々あれど,数学者にとって重要なのは 3
次元の場合に,滑らかな初期値から出発して,いつか有限時間内に何らかの特異点が発生するかど
うか,という問題であろう.ルレイの残したこの問題は有名であり,難しいことで悪名高い.1991
年,私がまだ若かった頃,現在名古屋大学にいる木村芳文氏に誘われてニューメキシコ州のロスア
ラモス研究所に行ったときのことである.「ルレイの弱解は初期値を与えたときにただ一つしかな
い」事を『証明した』と称する講演に出くわした.これは,特異点のある無しの問題を回避しなが
ら,ルレイの未解決問題を一部解決したことになり,極めてセンセーショナルなことである.この
発表の共著者の一人である○○はベテランの数学者であり,信じるに足るように思えた.私はこれ
を聞いて友人や師匠の藤田宏先生などに大急ぎで連絡をとったことを昨日のことのように覚えて
いる.しかし,その後,その『証明』には致命的な欠陥があることがわかった.藤田先生曰く「○
○も年寄りの冷や水はやめておけばいいんですよ.」この言葉は今でも耳に焼き付いているので,
この歳になるとミレニアム問題に挑戦しようという気は萎えてくるのである.
つづく