現代数学の系譜 工学物理雑談 古典ガロア理論も読む77at MATH
現代数学の系譜 工学物理雑談 古典ガロア理論も読む77 - 暇つぶし2ch200:現代数学の系譜 雑談 古典ガロア理論も読む
19/09/15 10:04:33.11 NNU+uf1a.net
>>199
つづき
この問題に対して、おそらく数学の「歴史」は、今までのところ、あまりはかばかしい達成をあげていないんじゃないのかと思っている。
ただ、一つ。まあ、昔から知られている結果ではあるが、おもしろいアプローチが知られている。それが、
カテゴリー(圏論)
である。
集合論の圏論的な公理のうち評判のよいものを一つ選ぶと、形式ばらない要約は次のようになる。
ようするに、上記の引用にある圏論的な公理は
集合論ではない(「集合」と「属する」という「無定義用語」によって、公理系を記述していない。あくまで「圏論」流に、「対象Aから対象Bへの射」という「無定義用語」しか本質的に使っていない。
一見、「集合論」的な無定義用語は出現するが、それはあくまで「定義」という、用語上の簡易性から導入されているにすぎない。)
直感的に、これらの公理が「大きすぎない」(ZFCのように、直感的に言い過ぎていると思われるような主張がない。)
ZFCより「弱い」公理系であるが、これにある「公理」を加えれば、ZFCと相当な内容だと解釈できる。
つまり、この公理系が魅力的なのは実際にその主張内容が、「私たちに直感的に理解可能なもの」しかないが、他方において、ZFCの弱い主張と解釈できるとするなら、これを
数学の「基礎」
とすることは、どこまで可能なのか、ということになる、というわけである。
つまり、圏論的な道具の中で、なにがZFCと「同一」の主張であるのか、といった衒学的な議論を超えて、こういった「弱い」主張はそれなりの数学の「安全さ」や「健全さ」を示している可能性がある、と考えられないか、というわけである...。
(引用終り)
以上


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