19/06/27 01:26:47.19 rjJrOxDg.net
【34歳 8日目】 (6/13分)
~数学のカタチ~
数学の新たな概念に出会う度に、それまでの知識から抱いていた数学観が相対化されてゆくのが心地良い。
例えば、最近「写像」や「集合」という概念を学んだが、
これらは今までで言えば、「方程式」や「実数集合(という前提)」を相対化して眺められる、より抽象度の高い概念と言えるだろう。
言い換えれば、《今までの知識は<ある条件下に限定された>》ものであり、今にして思えば<不自由>なものであったという事に気づく。
この不自由への気づきが、<自由>というものだろう。
学べば学ぶほど、自由になり、冒頭にも述べたような心地良さを感じられる。
数学はそのような<自由への意志>を原動力として発展を遂げて来たのではないかと思った。本質はそちら側なのであって、歴然とした建造物のようなものだと勘違いしていたのはその最適化の結果という側面を見ていてのものだったようだ。
よく「何のために数学をやるの?」とその目的が問われているが、
数学に関しては、<生き方>として、その<行為自体が目的>となり得るもののように思う。