17/09/28 08:50:53.39 Gtc4wEZ1.net
「「無」になってもう二度と「有」にならないようにするにはどうすれば良いか?」
という疑問に対する答えを見つけ出そうとする学問がもしあるとしたら、それはやる意味も価値もあると思う。
なぜなら、「「無」になってもう二度と「有」にならない」というのは、
人間が本来持っている最も重要で根本的な「痛みや苦しみや恐怖などから解放されたい」という切実な願いを叶えるものだからである。
そのような学問があるとしたら、その切実な願いを叶えるための手段になるわけだから、
当然、その学問はやる意味もあるし価値もあるということになる。
寧ろ、人類総出でやっていった方が良いと思う。
しかし、それ以外の学問はその、最も重要且つ重大な問題から解放されるための手段には全くならないので、無意味無価値無駄と言えるのではないでしょうか?