16/10/09 12:35:35.15 nHtkGbez.net
つづき
「冷静な判断」という言葉がある。単独の冒険行では、常に冷静な判断を心がけていなければ事故につながる。無理はしてはいけないよ!と多くの人にも言われる。その度に「十分に気をつけます!」と答える。
しかし「冷静な判断」なんて、これだけ言うのは簡単で実際に行うのが難しいことはない。冒険中はどこか頭がおかしくなっているし、日本にいる時のような通常モードでは北極なんて一人で歩けない。冷静を装っているが、熱くなっているのは当然である。
「思い切って下っちゃおうか、早く休みたいし…一歩ずつ気をつけて確認すれば大丈夫じゃないだろうか…」
次第に下への誘惑が大きくなっていく。どんどんと自分の都合のいいように考え出す。しかし、自分の都合のいいように物事を考えているな、ということも、理性のブレーキが警報を出している。そして、一旦下り始めたらますます正しいルートに戻ることが大変な作業になっていく、ということも感じていた。
20分くらいはそうやって考えてただろうか。斜面の下を見て、上を見て、下を見て、上を見て…。
考えて悩んだ結果、最後には「やっぱり登ろう、下るのは危なすぎる」という結論に至った。感情の誘惑を必死の思いで断ち切った。人間は、感情と客観性の間で葛藤が生まれる。「下りたい」という感情と、「行っては危ない」という客観的事実。感情に流されると、危険を呼ぶ。
登ると決めたが、ソリを引いて登り返すにはスキーを履いていては登れないほどの斜度だ。スキーを脱ぎ、ソリに積むと、足元をしっかり確認する。雪の下に氷河の亀裂であるクレバスが潜んでいる危険がある。下りはスキーで滑るように来たが、登るとなると思い切り踏ん張ってソリを引き上げなくてはいけない。
ストックで雪面を何度も突くと、ガツン!と氷河の氷に当たる感触がする。「よし、ここは氷がある、クレバスにはなってないな」そう確認して、その場所に足を置く。そして踏ん張ってソリを少しだけ引き上げる。次の一歩、やはり同じようにストックで確認して、クレバスになっていないことを確認してから足を置く。そうやって一歩ずつ、注意しながら斜面を登って行った。
つづく