15/07/27 00:58:07.34 RFP7ouaN.net
アレクサンドル・グロタンディークは1928年3月28日に生誕し、かつ、この生誕の日から一日後である1969年3月29日に、望月新一先生は生誕した事実が存在します。
この事実に基づく観察に基づいて、わたしは一つの仮説を立てました。その仮説の要点は、以下のとおりです。
グロタンディークの生誕日の次の日に望月新一先生が生誕したように、
グロタンディークが生誕させた数学とグロタンディークが想定したシナリオであるか否かに関わらず関わる、グロタンディークが生誕させた数学から見て次の数学である、グロタンディークが果たせなかった次の数学が託される意味を持っているバトンすなわち役割が、
グロタンディークから望月新一先生に対して、人類の営みをworkさせている、かつ人類の営みが従う道理によって託された、
また、その仮説の趣旨すなわち望月新一先生の役割・バトンを望月新一先生も自認しており、
そして、その役割・バトンが望月新一先生自身の使命であると望月新一先生自身が考えている。
確かに、道理により与えられたその人が果たすべき役割が存在しますし、その役割をその人自身が意識することも避けられないことですが、
その使命感にその人が飲み込まれたりひきづられたりとらわれたりして流されてはいけない、自らの使命は意識しますが、なぜなら、それも道理だから、
しかし、自らの使命は自らの右の頬に感じる範囲であり、自らの使命感にとらわれて流されることは危険であること、
使命を意識した時点から自らに課された課題・欠点・盲点になることも常に意識しながら、自らの使命感に流されずかつとらわれない日々の具体的な仕事を自らの手ですることを継続することであり、
これらは数学を研究をすることと同じか、それ以上に難しいことであることを、望月新一先生自身がしっかり理解できていることを切に願います。